アルパラナ城外のならず者

第12話

 八頭の騎馬隊が、田園に囲まれたブラスの田舎道を駆け抜ける。
大きな葡萄畑を過ぎると、ようやくアシオスへ続く広大な草原へ出た。
その丘陵の高台には、蜃気楼のようにアルパラナの城が浮かんでいる。

「城へ向かえばいいのか?」

 全力で馬を走らせながら、シアが横に並んだ。

「その前に、アシオスの守護隊へ寄る」
「おい、お前正気か? 本気でアイツらに喧嘩売ってたのか」
「ふっかけてきたのは、向こうからだ」
「あー……。これは……。ついてきた俺も俺だが、相当な覚悟が必要だったな」
「安心しろ。絶対勝つ」

 そうだ。
勝たなければならない。
この戦いに、負けることなんて許されない。
馬の膝まで伸びた草が、風に揺られ静かに波打つ。
不意に、その静寂を切り裂く甲高い笛の音が響いた。

「なんだ?」

 遠く右手の奥に、荷馬車が止まっている。
様子がおかしい。
誰かがこちらに向かって駆けて来る。
上下する草地の合間に、オレンジの髪が見えた。

「フィローネ!」

 馬を急転回させる。
ムチを入れ彼女の元に馬を飛ばすと、そこから飛び降りた。

「セリオ!」

 飛びついてきた彼女を、思いきり抱きしめる。
汗と涙でぐしょぐしょに濡れた頬に、長い髪が張り付いているのを、俺は一つ一つ丁寧に乗りのぞいてゆく。

「よかった。アシオスで絞首刑にされると聞いたんだ」
「絞首刑? どうして!」
「だから助けに来た。今朝アシオスの守護隊へ向かったんだが、もう間に合わないかと思った。だけど、どうしてこんなところに?」
「分からない。突然こんなところに連れて来られて……」

 フィローネの背後から、剣を手に持った男が迫ってくる。

「伏せろ!」

 彼女をかばい、腰の剣を抜き取る。
男の剣を弾くと、俺は一気にそれを振り下ろした。

「きゃあ!」

 フィローネの悲鳴が上がった。
膝をついた男の向こうに、見覚えのある男の姿があった。
そいつは捕らえられ、殴られようとしている。
俺はフィローネを置いて駆け出した。
剣を真横に振り抜き、エンリケに拳を振るう男の髪の先を切り落とす。

「なんだ貴様!」
「そいつを放せ! お前らこそ、何者だ!」

 こいつらは、アシオスの守護隊員ではない。
どれも体は屈強な男たちだが、平服を着る一般市民だ。

「邪魔をするな。お前もここで殺されたいか」
「殺人現場か。未遂ですんでよかったと思え!」

 構えた剣と剣がぶつかりあった。
打ち合う俺の側面に、別の男がジリジリと近づいてきている。
その男が、剣を抜いた。

「危ない!」

 エンリケは両腕を後ろ手に縛られたまま、そいつに体当たりした。
俺は打ち合う相手に一蹴りいれると、エンリケに振り下ろされた剣を弾き返す。

「そこまでだ」

 低く威厳高い声が頭上から響いた。
純白の馬にまたがるシア隊長の後ろには、堂々としたブラス騎馬隊の姿がある。

「セリオ。これは一体、どういう状況だ。説明してもらおうか」
「どうもこうもない。これが俺の目的だ」
「なんだと?」

 シアの顔が険しさを増す。
白馬の足元にいたフィローネが、そんな彼を見上げた。

「ブラスの守護隊長さま。私はあそこに見える荷馬車に乗せられ、アシオスの守護隊本部からここへ連れて来られました」
「アシオスの守護隊から? ……。なぜ」

 俺は縛られていたエンリケの縄を切って落とす。
しっかりと顔を上げシアと話すフィローネの足は、小刻みに震えていた。

「私は今日、リッキー商会の倉庫広場が燃えた事件に関して、判決を受ける予定でした。ですがそれを延長され、連れて来られたのがここです」

 シアの視線がゆっくりと品定めするように俺とエンリケ、フィローネの順に移り変わる。

「お前が倉庫に火をつけたのか?」
「いいえ。ですが、私がつけたと言いました」
「なぜだ」
「事件のことを、もっとちゃんと調べてほしかったからです」

 シアの口元から軽い息が漏れ、その視線は俺に向けられる。

「おい。これはどういう……」
「シア殿!」

 広い草原を、黒馬の一隊が近づいてくる。
ドモーアだ。
奴も武器を携えた複数の騎馬兵を連れている。

「いったいこのようなところで、どうされたのですか! おや、こやつらは?」

 意気揚々と現れた男は、颯爽と俺たちに気がついた。

「おぉ! これはうちの牢獄から抜け出した囚人どもではないですか! こんなところまで逃げおおせるとは、なんという罪深き事態。いますぐこやつらを捕らえよ。今ここで我が刑を執行する」

 ドモーアの手が、剣の柄に伸びた。
ここで斬り捨てるつもりか? 
俺は剣を握る手に意識を集中する。

「待たれよ」

 ドモーアが剣を抜くより早く、シアがそれを留めた。

「以前御前会議で、絞首刑にすると言っていた囚人では?」
「おぉ、シア殿。ご記憶におありでしたか。そうなのです。こやつらがその悪しきは……」
「そなたが今ここで斬ってしまえば、絞首刑とは言えないな」

 ドモーアの顔が、怒りと屈辱に震えた。

「だが自ら罪を認め、自白してきたのも事実。しかもこんなところまで逃亡を図るとは、言語道断!」

 ドモーアが腰の剣をスラリと抜いた。

「たとえシア殿であろうとも、アシオスではこの私が絶対。女、そこを動くな」

 薄曇りの空に掲げられた刃が、鈍い光を放つ。

「アシオス守護隊長、ドモーアの権限によって、今ここで直ちに処刑をくだ……」
「待て!」

 俺は懐から、宝石の入った袋を取りだした。

「王子からの伝言を忘れていた。この袋を持って、直ちに城に参上するよう、ことづかった!」
「あぁ?」

 片手に剣を掲げたドモーアが、馬上から俺を怒鳴りつける。

「それがどうした小僧!」
「フィローネ! この袋は誰のものだ!」
「えぇ?」

 彼女は大きく見開いた丸い目を、俺の持つ袋に向ける。

「この袋に見覚えがあるだろう。この袋は、誰のものだった?」
「……。それは、私がセリオに渡したものよ」
「そうだ。そして俺は、お前から渡されたこれをなくして、ずっと探していたんだ。シア隊長が見つけ、預かってくれていた」
「シア隊長が?」

 フィローネが馬上のシアを見上げる。
俺は赤い刺繍の入ったその袋を、シアに投げた。

「お前にはこれを、届けないといけない先があったんじゃないのか?」

 それを胸の前で受けとめたシアは、まだ何か考えこんでいる。

「急げ。王子が庭園の間で二人をお待ちだ。俺と同じ特命を、お前たち二人も受けていたはずだが?」

 ドモーアの黒く太い眉の間に、シワが強く浮き出る。
剣を持つ手が、次第に下がり始めた。

「あの王子が面会だと?」
「そうだ。城の最上階、王子のためだけの庭園で、二人を待っている」
「ほう。そうかそうか。ところで娘」

 ドモーアはぐるりとフィローネに顔を向けた。

「その袋の中には、何が入っている?」
「ココの実です」
「あははははは!」

 ドモーアは高らかに声を上げて笑った。
手に持っていた大振りの剣を握り直す。

「残念だったな小僧。お前のウソは……」

 シアは持っていた袋を、今度はドモーアに向かって投げた。
受け取った瞬間、ドモーアの握る手に擦れた石と金属が、ガチャリと音をたてる。

「匂いを嗅いでみろ」
「なに?」
「その匂いを嗅いでみろと言ったんだ」

 シアに促され、ドモーアは渋々宝石の詰まった袋に鼻を寄せる。

「な! ま、まさか……」
「行こう、ドモーア殿。王子が城で我々をお待ちだそうだ」

 シアはブラスの騎馬隊を引き連れ、馬を走らせた。
ドモーアは袋を手にしたまま、何度も俺たちと去りゆくシアの背を見比べる。

「クソッ」

 ついにドモーアが手綱を引いた。
先を行くシアを追いかけ、騎馬隊と共に走り去ってゆく。
遠ざかる蹄の音に、俺はようやく腹の底から安堵の息を吐いた。

「はぁ~。死ぬかと思った……」
「セリオ!」

 フィローネがしっかりと俺の手を握る。
潤んだオレンジの目と目が合った。

「ありがとう。助けにきてくれたのね」
「あぁ……。違う。そうじゃないんだ。偶然通りかかっただけ。本当に。だけどよかった」

 彼女の細い肩にそっとしがみつく。
俺の背にも彼女の腕が回った。
よかった。
この子が報われないのなら、俺の望みなんてもっと叶いやしない。
どんなに絶望的であろうとも、そこに一筋の可能性が見えたのなら、俺はその光を頼りに自分の道を切り開いていきたい。

「セリオ!」

 なだらかに続く草原の向こうから、二頭の馬が駆けてくる。
ディオスとパブロだ。
< 41 / 43 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop