アルパラナ城外のならず者
第5話
それから数日が過ぎたある日の朝、知らせを持って駆け込んできたのは、トリノの雑貨屋を手伝いに来ているエンリケだった。
「大変だ! リッキー商会の処分が、広場の掲示板に張り出されたんだ!」
彼の話によると、リッキー商会から卸した小麦が原因で、死者が出たという。
「そんな人が、本当にいたの?」
詰め寄る私に、エンリケは首を激しく横に振った。
「そもそも、食中毒が出ただなんていうのが、おかしな話だったんだ。アシオスのどの医者に聞いても、そんな患者は診たことないって言ってるのに。守護隊に問い合わせても、個人の安全と保護を理由に詳細は教えてもらえない。もうリッキーの店はお終いだ」
「お終いって、どういうことよ!」
「リッキーさんが守護隊に連れて行かれた。今、地下牢に拘束されてる。食中毒の原因となったネズミの死骸とその糞を放置し、流通させた罪だ」
「そんな!」
つい数日前、訪れた倉庫はいつものように清潔で、どこにもネズミの気配だなんてなかった。
もちろん彼の店から卸した品物に、ネズミが混入してたなんてことは一度もない。
「いつ解放されるの?」
「そんなの、誰にも分からないよ。とにかく、故意にやったんじゃないってことを証明しないと」
「知っててわざと不良品を売った疑いがかけられてるの?」
「その辺りがはっきりしないから、連れて行かれたんだ。いずれにしろ、状況は厳しい。守護隊の判決に逆らえる人間なんて、この世にいないからな」
大変だ。助けに行かなくちゃ。
なにが正しくて、なにが間違ってるとか関係ない。
守護隊がどう思うか。
それがこのアシオスでの全てだ。
朝食のテーブルから立ち上がった私に、カミラが声を上げた。
「どこに行くのフィローネ! ここに居なさい!」
「そんなの無理!」
「待て、俺も行く!」
裏口から家を飛び出した私の後ろを、すぐにエンリケが追いかけてくる。
私たちはあぜ道を駆け抜け街の中に出ると、噴水広場を目指した。
エンリケの言う通り、アシオス守護隊本部前には、噂を聞いて集まった人たちで埋め尽くされていた。
私たちは人混みをかき分け正門の前に出ると、縄で後ろ手にしばられたリッキーさんが、ちょうど本部建物の中に消えてゆくところだった。
先日倉庫広場で見かけた男たちが、心ない野次を飛ばしている。
「お前のせいで俺たちの生活はめちゃくちゃだ!」
「騙されてたんだよ、俺たちはずっと!」
「最悪だ。裁きを受けろ!」
私はカッとなって、つい声を荒げてしまう。
「あなたたちに、彼が何をしたっていうの? いま凄く元気じゃない! いつ食中毒で倒れたのよ、言ってみて!」
「あぁ?」
男が私をにらみつけた。
浅黒い肌にツルツルの頭。
リッキー商会で私を脅してきた男だ。
「あんた、倉庫広場で積み荷を動かして働いてた人じゃない。なんでそんな人がここで野次を飛ばしてるの?」
「チッ。やかましいわ。帰るぞ」
一緒に野次を飛ばしていた数人も、やっぱり倉庫広場で見かけた連中だ。
いくら守護隊の命令で広場の監視をしていたとはいえ、どうしてこんなことが出来るんだろう。
「おい、フィローネ。お前やりすぎ。いきなり突っかかるなよ」
一緒に来ていたエンリケの手が、私の肩を掴んだ。
「いくらなんでも、ちょっとは考えて行動しろよ」
私にとってリッキー商会の倉庫広場は、宝の山だった。
小麦や干し肉などの食料品はもちろん、家財道具の他にも珍しい置物や道具類も集まっていた。
遠方の果物の干したものや、珍しい動物の毛皮や羽根が手に入れば、リッキーは遊びに来た子供たちに喜んで見せてくれた。
彼の奥さんやまだ小さな子供二人もよく知っている。
仕事にも厳しい人だった。
相談すればどんな無理な品でも手を尽くし探してくれた。
倉庫はいつも活気にあふれ、人の出入りも多く沢山の目があった。
そんな倉庫で、ネズミの死骸? 感染症?
「ねぇ、本当にネズミの死骸が小麦粉の中にあったの?」
「見たって証言が残ってる」
「どこに?」
「守護隊の審判だよ。色々調べた調書が公開されてるんだ」
「エンリケもそれを見たの?」
彼は明るい金髪をした頭を横に振ると、緑の目を曇らせた。
「見たよ。街の人たちの中にも、それを見た人がいるはずだ。どこにもおかしな記述はない。リッキーの店から卸した小麦粉を食べた人間が食中毒を起こし、倉庫からネズミの死骸が見つかって、危険と判断されたんだ。その罪を問う取り調べがこれから始まる」
「本当なの?」
「そうだから、そうなんだろ?」
自分の体が、悔しさと怒りに震えている。
本当にリッキー商会は終わってしまうの?
調書が公開され、それに疑問を挟む人が誰もいないのなら、彼らの調査内容は事実だ。
それをどう判断をどうするのか。
その過程は公開されても、私たちが結果に口を挟むことは出来ない。
私はリッキー商会の無実を信じている。
だけどもしそれが証明されたとして、これだけの大騒ぎになった痛手は避けられないだろう。
「これからどうやって商品を仕入れればいいんだ」
「うちの在庫も空っぽだよ」
「どっかで調達してくるより仕方ないじゃないか」
「どこかって、どこで……」
守護隊官舎前の噴水広場に集まった人たちが口々に囁いている。
そうだ。
悲しんでばかりじゃいられない。
うちの倉庫にも、ほとんど商品は残っていない。
リッキーさんやホセには悪いけど、商品がなければ商売も出来ない。
「エンリケ!」
「うわっ。今度はなんだよ、フィローネ」
「もうリッキーの店では商品の注文は頼めない。だったら、他の店から仕入れるしかないよね」
「あ、あぁ。まぁそうなるよな」
「他の卸って、どこがあったっけ」
「えーっと。ロドリゲスさんとこか、ガルシアの店?」
確かに私にも、そこくらいしか思いつかない。
だけどリッキーの店に比べたら、配送が不確かなうえに、供給も不安定だ。
「仕方ないわね。今から直接行ってみましょ」
「直接? 商品の購入に?」
「他に手段ある?」
「いや、ないけど……」
「だったら、うかうかしていられない。早く動かなきゃ」
リッキーさんのことやホセを見捨てるんじゃない。
助けたいと思うなら、ここで私たちまで倒れるわけにはいかない。
「もう一度あの人たちが立ち上がった時に、得意先になってあげられるだけの体力がうちの店にも必要でしょ?」
「あぁ。はは。そりゃそうだな」
エンリケがニッと笑って片手を挙げると、私はそれに合わせてパチンとハイタッチを交わす。
「行くか、フィローネ。善は急げだ」
エンリケと二人、噴水広場から直接ロドリゲスさんの店を目指す。
アシオス一番の卸だったリッキー商会が事実上閉店に追い込まれてしまったいま、残る大きな卸業者といえば、そこしかない。
石畳の道をエンリケと並んで歩きながら、注文を最優先すべき品と、その卸値がいくらまでなら買い付けるかの相談をまとめる。
リッキーの店より条件が悪いのを見越したうえで、どこまで譲れるのかが焦点だ。
「あ。ついたぞ。ここがロドリゲスの……」
目の前に広がる風景に、自分の目を疑った。
かつては、柵で囲んだ敷地内に小さな倉庫が二つ建てられ、その脇に馬小屋があったはずの店が、すっかり牧場に変わってしまっている。
事務所兼住宅たった建物と馬小屋がそのまま残されていなければ、きっとここがロドリゲスさんの店だと気づかなかっただろう。
倉庫だった建物は一つが取り壊され、残った一つには干し草が積まれているようだ。
新たに作られた放牧地に、数頭の牛と羊、ヤギや鶏が飼われている。
ふとヤギの乳しぼりをしていた男性が、不思議そうにこちらへ顔を向けた。
その面影にも、もちろん見覚えはない。
「なにかご用でも?」
見知らぬ男性が、こちらに近づいてきた。
「あ、あの。ここって、ロドリゲスさんのお店があった場所じゃ……」
「あぁ。彼は半年前にここを売り払ったんだ。今は別の人が買い取って、ご覧の通り牧場を経営してるよ。牛とヤギの乳を売ってるんだ。少し飲んでいくかい?」
「いえ。私たちは薬草や茶器、香辛料を買い付けることの出来る店を探していたの。ハーブティーや石鹸。軟膏なんかを売ってる店なの」
「雑貨屋か」
彼は被っていたつば付きの帽子を脱ぐと、それを持ったまま胸をボリボリと掻いた。
「大変だ! リッキー商会の処分が、広場の掲示板に張り出されたんだ!」
彼の話によると、リッキー商会から卸した小麦が原因で、死者が出たという。
「そんな人が、本当にいたの?」
詰め寄る私に、エンリケは首を激しく横に振った。
「そもそも、食中毒が出ただなんていうのが、おかしな話だったんだ。アシオスのどの医者に聞いても、そんな患者は診たことないって言ってるのに。守護隊に問い合わせても、個人の安全と保護を理由に詳細は教えてもらえない。もうリッキーの店はお終いだ」
「お終いって、どういうことよ!」
「リッキーさんが守護隊に連れて行かれた。今、地下牢に拘束されてる。食中毒の原因となったネズミの死骸とその糞を放置し、流通させた罪だ」
「そんな!」
つい数日前、訪れた倉庫はいつものように清潔で、どこにもネズミの気配だなんてなかった。
もちろん彼の店から卸した品物に、ネズミが混入してたなんてことは一度もない。
「いつ解放されるの?」
「そんなの、誰にも分からないよ。とにかく、故意にやったんじゃないってことを証明しないと」
「知っててわざと不良品を売った疑いがかけられてるの?」
「その辺りがはっきりしないから、連れて行かれたんだ。いずれにしろ、状況は厳しい。守護隊の判決に逆らえる人間なんて、この世にいないからな」
大変だ。助けに行かなくちゃ。
なにが正しくて、なにが間違ってるとか関係ない。
守護隊がどう思うか。
それがこのアシオスでの全てだ。
朝食のテーブルから立ち上がった私に、カミラが声を上げた。
「どこに行くのフィローネ! ここに居なさい!」
「そんなの無理!」
「待て、俺も行く!」
裏口から家を飛び出した私の後ろを、すぐにエンリケが追いかけてくる。
私たちはあぜ道を駆け抜け街の中に出ると、噴水広場を目指した。
エンリケの言う通り、アシオス守護隊本部前には、噂を聞いて集まった人たちで埋め尽くされていた。
私たちは人混みをかき分け正門の前に出ると、縄で後ろ手にしばられたリッキーさんが、ちょうど本部建物の中に消えてゆくところだった。
先日倉庫広場で見かけた男たちが、心ない野次を飛ばしている。
「お前のせいで俺たちの生活はめちゃくちゃだ!」
「騙されてたんだよ、俺たちはずっと!」
「最悪だ。裁きを受けろ!」
私はカッとなって、つい声を荒げてしまう。
「あなたたちに、彼が何をしたっていうの? いま凄く元気じゃない! いつ食中毒で倒れたのよ、言ってみて!」
「あぁ?」
男が私をにらみつけた。
浅黒い肌にツルツルの頭。
リッキー商会で私を脅してきた男だ。
「あんた、倉庫広場で積み荷を動かして働いてた人じゃない。なんでそんな人がここで野次を飛ばしてるの?」
「チッ。やかましいわ。帰るぞ」
一緒に野次を飛ばしていた数人も、やっぱり倉庫広場で見かけた連中だ。
いくら守護隊の命令で広場の監視をしていたとはいえ、どうしてこんなことが出来るんだろう。
「おい、フィローネ。お前やりすぎ。いきなり突っかかるなよ」
一緒に来ていたエンリケの手が、私の肩を掴んだ。
「いくらなんでも、ちょっとは考えて行動しろよ」
私にとってリッキー商会の倉庫広場は、宝の山だった。
小麦や干し肉などの食料品はもちろん、家財道具の他にも珍しい置物や道具類も集まっていた。
遠方の果物の干したものや、珍しい動物の毛皮や羽根が手に入れば、リッキーは遊びに来た子供たちに喜んで見せてくれた。
彼の奥さんやまだ小さな子供二人もよく知っている。
仕事にも厳しい人だった。
相談すればどんな無理な品でも手を尽くし探してくれた。
倉庫はいつも活気にあふれ、人の出入りも多く沢山の目があった。
そんな倉庫で、ネズミの死骸? 感染症?
「ねぇ、本当にネズミの死骸が小麦粉の中にあったの?」
「見たって証言が残ってる」
「どこに?」
「守護隊の審判だよ。色々調べた調書が公開されてるんだ」
「エンリケもそれを見たの?」
彼は明るい金髪をした頭を横に振ると、緑の目を曇らせた。
「見たよ。街の人たちの中にも、それを見た人がいるはずだ。どこにもおかしな記述はない。リッキーの店から卸した小麦粉を食べた人間が食中毒を起こし、倉庫からネズミの死骸が見つかって、危険と判断されたんだ。その罪を問う取り調べがこれから始まる」
「本当なの?」
「そうだから、そうなんだろ?」
自分の体が、悔しさと怒りに震えている。
本当にリッキー商会は終わってしまうの?
調書が公開され、それに疑問を挟む人が誰もいないのなら、彼らの調査内容は事実だ。
それをどう判断をどうするのか。
その過程は公開されても、私たちが結果に口を挟むことは出来ない。
私はリッキー商会の無実を信じている。
だけどもしそれが証明されたとして、これだけの大騒ぎになった痛手は避けられないだろう。
「これからどうやって商品を仕入れればいいんだ」
「うちの在庫も空っぽだよ」
「どっかで調達してくるより仕方ないじゃないか」
「どこかって、どこで……」
守護隊官舎前の噴水広場に集まった人たちが口々に囁いている。
そうだ。
悲しんでばかりじゃいられない。
うちの倉庫にも、ほとんど商品は残っていない。
リッキーさんやホセには悪いけど、商品がなければ商売も出来ない。
「エンリケ!」
「うわっ。今度はなんだよ、フィローネ」
「もうリッキーの店では商品の注文は頼めない。だったら、他の店から仕入れるしかないよね」
「あ、あぁ。まぁそうなるよな」
「他の卸って、どこがあったっけ」
「えーっと。ロドリゲスさんとこか、ガルシアの店?」
確かに私にも、そこくらいしか思いつかない。
だけどリッキーの店に比べたら、配送が不確かなうえに、供給も不安定だ。
「仕方ないわね。今から直接行ってみましょ」
「直接? 商品の購入に?」
「他に手段ある?」
「いや、ないけど……」
「だったら、うかうかしていられない。早く動かなきゃ」
リッキーさんのことやホセを見捨てるんじゃない。
助けたいと思うなら、ここで私たちまで倒れるわけにはいかない。
「もう一度あの人たちが立ち上がった時に、得意先になってあげられるだけの体力がうちの店にも必要でしょ?」
「あぁ。はは。そりゃそうだな」
エンリケがニッと笑って片手を挙げると、私はそれに合わせてパチンとハイタッチを交わす。
「行くか、フィローネ。善は急げだ」
エンリケと二人、噴水広場から直接ロドリゲスさんの店を目指す。
アシオス一番の卸だったリッキー商会が事実上閉店に追い込まれてしまったいま、残る大きな卸業者といえば、そこしかない。
石畳の道をエンリケと並んで歩きながら、注文を最優先すべき品と、その卸値がいくらまでなら買い付けるかの相談をまとめる。
リッキーの店より条件が悪いのを見越したうえで、どこまで譲れるのかが焦点だ。
「あ。ついたぞ。ここがロドリゲスの……」
目の前に広がる風景に、自分の目を疑った。
かつては、柵で囲んだ敷地内に小さな倉庫が二つ建てられ、その脇に馬小屋があったはずの店が、すっかり牧場に変わってしまっている。
事務所兼住宅たった建物と馬小屋がそのまま残されていなければ、きっとここがロドリゲスさんの店だと気づかなかっただろう。
倉庫だった建物は一つが取り壊され、残った一つには干し草が積まれているようだ。
新たに作られた放牧地に、数頭の牛と羊、ヤギや鶏が飼われている。
ふとヤギの乳しぼりをしていた男性が、不思議そうにこちらへ顔を向けた。
その面影にも、もちろん見覚えはない。
「なにかご用でも?」
見知らぬ男性が、こちらに近づいてきた。
「あ、あの。ここって、ロドリゲスさんのお店があった場所じゃ……」
「あぁ。彼は半年前にここを売り払ったんだ。今は別の人が買い取って、ご覧の通り牧場を経営してるよ。牛とヤギの乳を売ってるんだ。少し飲んでいくかい?」
「いえ。私たちは薬草や茶器、香辛料を買い付けることの出来る店を探していたの。ハーブティーや石鹸。軟膏なんかを売ってる店なの」
「雑貨屋か」
彼は被っていたつば付きの帽子を脱ぐと、それを持ったまま胸をボリボリと掻いた。