アルパラナ城外のならず者

第8話

 家に戻った私は、トリノ夫妻にエンリケも加えた四人で夕食をとりながら、サパタ商会での報告を済ませる。
食事の片付けを終えると、今日は気の張る仕事で疲れたからと、早めに床についた。
もちろんウソだ。
私はベッドの中でじっとうずくまったまま、その時が来るのを待っていた。

 夜中に抜け出すことには慣れている。
この家に引き取られてからも、学校で知り合った友達とこっそり会うために何度家を抜け出し、夜道を歩いたか分からない。
目をつぶって歩いたって迷うことなんてなかったし、住んでる人もほとんど顔を知っている。
昼と夜とで町が入れ替わるわけでもない。
怖くはなかった。

 それでも、あまり遅い時間になってしまっては、相手が酔っ払ってまともに話しが出来なくなってしまうかもしれない。
彼らが店に入る前か、出来るだけ早い時間なら、私一人でも何とかなるだろう。
あれだけ大勢の人間が集まる場所だ。
知った顔の一人や二人はいるだろうし、今夜こっそり忍びこんだことが、トリノ夫妻にバレるのも想定済み。
そんな諸々を含めても、決行しない理由など思いつかなかった。

 時間だ。
私は暗闇のなかベッドを抜け出すと、身代わりとなる布団の膨らみをしっかり調える。
足音を忍ばせ一階に下りると、まだキッチンに明かりが灯っているのを横目に見ながら、家を抜け出した。
外に出たとたん私の足は走り出し、一目散にジュルの店へ向かった。
店の明かりが見えるところまでくると、もう大人たちの騒ぐ怒鳴り声が聞こえてくる。
店に入りきれなかった客たちが、人通りのなくなった店先にまで椅子とテーブルを持ち出し、道の一部を占拠していた。
オープンテラスといえば聞こえはいいが、単純に人が多すぎてあふれ出してると言った方が表現的に正しいと思う。
いざ実際に店の前まで来てみると、自分がいかに場違いな所へ来てしまったかを思い知らされた。
もちろん覚悟はしていたつもりだったけど、想像が全然足りなかった。

 酔いの回った男たちのバカ騒ぎって、こんなに酷いものだったの? 
確かに顔見知りの姿をいくつか見かけたけど、普段にはない興奮したような言動は、まるで私の知ってる人ではないみたい。
顔を真っ赤にしながら大げさな仕草で、何を必死に懸命に訴えているのだろう。

 私は羽織ってきたマントのフードを深くかぶり直した。
ここに来るまでは、持ってきたわずかなお金でお客として店に入り、簡単な食事くらいしてもいいかもと思ってたけど、そんな考えはとっくに吹き飛んでしまっている。
私一人で店に入るなんて、逆に目立ってしょうがないような状況だ。
全然お忍びにならない。

 どうしよう。
ここまで来た以上、簡単に帰りたくもない。
昼間の閑散としたけだるい雰囲気のジュルの店しか知らなかった私は、この店の本当の姿を知らなかっただけだった。
正面から入って行こうなんて考えは、もうとっくに捨てている。
勝手知ったる路地裏を抜け、店の裏に回り込んだ。
勝手口から敷地の中に入ると、今が一番注文の混み合う時間なのか、厨房は戦場と化していた。
昼間に見ると、いつもだらしなく寝ているだけだと思っていたこの店の料理長が、軽快な手つきでフライパンを振り、仲間に指示を飛ばしている。
そんな光景を横目に、私は背を縮め壁に沿って夜の芝生の庭を店の中が見えるところまで慎重に移動した。

 賑やかな店内と比べ、静かすぎる夜の裏庭をひっそりと進む。
引く馬のいない空っぽの荷台が放置されているのを見つけ、その車輪の影に身を隠した。
ここからなら、明るく照らされた店内がよく見渡せる。
私はオレンジ色をした目を細め、土壁に空いた扉のない窓の向こうに、リッキー商会の倉庫広場で見かけた、色黒で坊主頭の男を探した。

 ジュルの店には、実に様々なタイプの人間がひしめき合っている。
日が暮れてから店を開け、明け方まで営業しているような店だ。
旅芸人の一行や行商人、城に士官にしに来たような見習い兵に、女剣士たち、僧侶の一団のようなグループまでいる。
店内は途切れなく注文が入り、ひっきりなしになみなみと注がれた酒や皿いっぱいの料理を運ぶ店員が行き交っていた。

 とにかくごちゃごちゃとした店内で、私は目的である大柄な男を探した。
かなり体格のいい方だと思っていたけど、大勢の中に混ぜてしまえば、それほどのものでもなかったのか、全く見つからない。
「今夜」といったのは、もっと遅い時間だったの? 
しばらく賑やかな店内を見ながら時間を潰し、今日はダメだったかと諦めかけたその時、ようやく昼間見たのと同じタンクトップ姿の男が現れた。
彼と待ち合わせていた、小柄な赤毛の男も一緒だ。
彼らは空いていた椅子を見つけると、元いた人たちを押しのけ相席を決める。
すぐに駆けつけた女性の給仕係に、注文を出し始めた。

「あぁーもう。失敗したな。やっぱり一人で来るんじゃなかった」

 ホセかエンリケを誘えばよかった。
彼らがいたら、中に入れたのに! 
あの二人に近づこうと思えば、店内に入るしかない。
こっそり近寄ってリッキーの店に関する情報を盗み聞きしようなんて、そんな甘いものじゃなかった。
堂々と店に入り彼らの隣にでも座らない限り、話を聞くなんて絶対無理。

 どうしよう。
せっかく来たんだし、何か少しでも得るものを得て帰りたい。
ふと中をのぞくと、ようやく見つけた男たちの姿も消えている。

「あれ? どこへ行ったの?」

 私は店内の様子をもっとよく見ようと、車輪の影から首を伸ばした。

「おい、誰だ!」

 突然背後から強い手に掴まれ、容赦なく地面に押しつけられる。

「痛い! 放して!」
「女。ここで何をしている」

 私は精一杯の力で抵抗し身をよじると、男の顔を振り仰いだ。

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