もしも、あっちの部活を選んだら?

初心者に負けちゃった!?

外周の後はコートで練習だ。

とは言ってもテニス部の一年生はほとんどが初心者。
経験者って言っても私とコウの二人が少し習ったことがあるくらい。

だからほとんど一年生はコートの端で素振りや壁打ちの基礎練習ばかり。

初心者が基礎練習をするのはわかるけど、私は習ってたからこれくらいできるのに。

ポン、ポンと軽快にボールが弾く音が聞こえてくる。
先輩たちが滑らかな動きでラリーをしている。

私も早く先輩たちみたいにコートで練習したいな。

「全員、集合」

部長の西崎(にしざき)先輩が号令をかけた。

まだ部活の終了時刻まで三十分以上あるのに。
こんな時間に号令をかけるなんて珍しいな。

「一年も入部して一ヶ月が経ったな。そろそろコートでの練習にも混ぜてみようと思う」

よっしゃ! チャンスがきた!
よし、私の実力を見せちゃうもんね。

「一年生同士でワンセットマッチをやってみるか」

西崎先輩の一言にワッと一年生たちが盛り上がる。
試合形式の練習。ここで注目されればレギュラー入りに一歩近づく。

よーし、頑張っちゃうもんね。

「試合をやりたい人はいるか?」
「はい、私、やりたいです」

よし、次は私が力を見せつける番だもんね。

私の相手は隣のクラスの市川(いちかわ)さんだ。

中学に入るまではテニスが未経験の初心者。
経験者との違いを見せつけちゃうもんね。

「市川さん、サーブしていいよ」

「いいの? ありがとう」

私には経験者という大きなアドバンテージがあるんだから。
これくらいのハンデはつけないとね。

「ワンセットマッチ、スタート」

中学生になって初めての試合。練習試合だけど、ちょっと緊張してきたかも。

市川さんがボールを上げてカツンとラケットに当てる。

思ったよりもスピードが速い。
市川さんが一生懸命に練習しているのはよく見るもんな。

なんてことを考えている場合じゃない。

フォアハンドでボールを打ち返す。
この力のこもってショットを打ち返す感じ、久しぶりだ。

市川さんが私の打ったショットを返す。
ボールに追いつくのに必死って感じだ。

この調子で続ければ私が勝てる。

何度かラリーを続けていると、ちょうど私の打ちやすいところにボールがきた。

よっしゃ、ラッキー。
ここなら打ちたいところに打ち込める。
市川さんのいる位置とは真逆の方向に思い切り打ち込んだ。

よし、まずは1ポイントゲットだ。

「今のは無理だろ」

先輩たちの声が聞こえる。
へへ、いいアピールができたもんね。

あと3ポイント。この調子で取っていこう。

市川さんのサーブを打ち返す。一球目ほどの力はない。
この勝負、勝てる。

だんだん、市川さんの動きが読めるようになってきた。

まだ試合をこなす体力だってついてない。

動き回りながら、正確なショットを打つのはそう簡単にできるものじゃない。
私の打ったボールを返すだけでもやっとって感じだ。

テニスは返せばいいってわけじゃない。
狙って返さないと、ポイントは取れない。

ゆるいボールが返ってきた。よし、ここは奇襲をかけてボレーで返そう。

ボレーはね、相手の打ったボールをノーバウンドで返すショットなんだ。
これを見たらきっとみんな驚くだろうな。

ダッと走ってネットに思い切り近づく。
そのままノーバウンドのボールを打ち返した。

よし、アウトにならないコースを打てたはず。

ボールが市川さんの引き寄せられるように飛んでいく。

びっくりした市川さんがラケットを振り回すと、カツンとボールに当たった。

あれ? たまたま振ったラケットでボールが返ってきちゃった?

ボレーはコートの前面に出るから、次に返す時間の余裕が無くなっちゃう。
急なことで動けないまま、ボールは私のコートの中で二回バウンドをした。

あーあ、ポイント取られちゃった。

「嘘、ポイント取れた!」

市川さんが初めてポイントを取れてすごい喜んでいる。
小学生の時、私もあんな瞬間あったな。
でも、まだ1ポイント。あと3ポイント取れば私の勝ちだもんね。

市川さんがまた、力のこもったサーブを放つ。

さっきよりも重たくなっている。ポイントが取れて調子がよくなったのかも。

でもさっきのはたまたま私のボレーを返せただけ。

ラリーを続けていればまたチャンスはくる。

気合が入ったのか市川さんが必死にラリーを繋げてくる。
なかなか隙が生まれない。だんだんと足が疲れてきた。

グッと向かってくるボールに集中する。

ちょうどいい狙い所が見えた。
ここに打てばポイントが取れるはず。

そう思ってラケットを振ったんだけど、狙いすぎて思ったよりも力が入らなかった。

ゆるーくボールが飛んでいく。
でもコースはいい感じ。

これならポイントはもらった!

そう思ったんだけど、市川さんがギリギリのところで打ち返してきた。
でもこの距離ならネットに入らないはず……。

って、ああ!

なんと、ネットギリギリでボールが私のコートに入ってしまった。

「うわー、あそこは無理だろ」

「よくあのショットに追いついたな」
 
先輩たちの声が聞こえてくる。

さすがにあれは取れないよね。
また1ポイント取られてしまった。

嘘、私、負けているじゃん……。

まさか、このまま負けるなんてことは、ないよね。

うん、切り替え切り替え。
私が初心者に負けるわけないじゃん。

さっきのネットインだってたまたま。テニスではよくあることだ。
 
気を取り直して、もう一回。
 
サーブを構える市川さんの姿がリラックスして見える。
初心者だからって油断は大敵だ。

相変わらず市川さんはいいサーブを打ってくる。

でも、私はちゃんと返せるもんね。

市川さんとのラリーが続く。

基本に忠実な市川さんはラリーをきっちり返してくる。
ちょっとミスをしたなって思う時も、焦らず確実に市川さんは返す。

私だったら少しでもチャンスだと思ったらすぐに仕掛けちゃうのに。
それじゃあポイントは取れないよって思うけど、今はそのおかげで助かっている。

足がガタつく。息が上がる。じりじりと体力が奪われていく。

市川さんだって同じはずなのに、どこか楽しそうに見える。
ポイントを多く取っているから、きっと余裕そうにしているんだ。

私だって早くポイントを取りたい。

ドキッと心臓の音が聞こえる。
やばい。もしかして私、焦っている?

私はテニスの経験者なのに。負けるなんてそんなことあるはずない。
私の方がテニスだって上手いもん。

足が思うように動かなくなってきた。
それに比べて市川さんの動きはぴょんぴょんと跳ねているように見える。

なんで、なんでなの。
なんで市川さんはあんなに楽しそうなの?

足がふらふらする。ボールに追いついて打ち返すのがやっとだ。

このままじゃ負ける……。
 
ふらっと頭の中をそんな言葉がよぎる。
嫌だ。負けたくない。

「ああ」

市川さんのショットがずれる。
あれはテクニックじゃない。ミスショットだ。

すぐにボールの軌道を目で追う。まずい、きっとネットインだ。
 
あれを打ち返さないと、またポイントが取られる。

プロのテニス選手だって全てのボールを返せるわけじゃない。
時に相手のミスショットが高難易度になることもある。

走れば間に合う。私ならきっと打ち返せる。

ボールは利き手とは逆側の位置に向かってくる。
バックハンドじゃないと返せない。

足が重くなり、思ったように体が動かない。

お願い、間に合って。

ボールがワンバウンドする。
両手で構えている余裕はない。
でも片手なら。届くかもしれない。

片手のバックハンドは昔から苦手だ。
でも今はこれしかない。

左手にラケットを持ち、精一杯腕を伸ばす。
そして全力でラケットを振り回した。

コツン。

ラケットはボールをとらえた。

やった、打ち返すことができたんだ。

そう喜んだのも束の間。

私が打ち返したボールは市川さんのコートの外に飛び出してしまった。
また、市川さんにポイントが入っちゃう……。

キーンコーンカーンコーン。

その瞬間、六時を告げるチャイムが聞こえた。
「よし、今日の練習はそこまで」

西崎先輩の声が聞こえると、ふっと体の力が抜け落ちた。

フィフティーン、フォーティ。
心の中で点数を呟く。

市川さんが楽しそうに笑う姿が飛び込んできた。
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