【完結】春の庭~替え玉少女はお飾りの妻になり利用される~

21 お飾りの妻の私と、クリス様の微笑み

 慌ただしく行われた結婚式と披露宴、正直少し疲れた。
 メイドがお茶を用意してくれたので、私はソファーに腰かけた。

「……オリヴィア様は、あまりお喋りになりませんね」
 急にクリス様の口調が事務的なものから変わり、驚いた私は彼に向き直った。

「当家の事情を押し付けた結婚を申し訳なく思っております。ですが、出来るだけより良い生活を送って頂けるよう尽力いたします。何か私に仰りたいことや、願いはありませんか?」
 クリス様は優し気な笑みを浮かべる。

 この笑みはお父様、アースキン伯爵の笑みに似ている。


「私が口を開くと不快だと……」

 何か言えば母は私の顔を殴り、マティルダ様は使用人に背中をムチで叩けと命令した。

「そんな事はありません! 願いに関しては出来るだけお応えしたいと思っております!是非お聞かせ下さい!」

 殴られないかな? クリス様は大柄だから殴られたら死んじゃうかな。

「本当に?」

「はい!」

 そうして今、一番の願いを口に出す。

「……私は従うしかないんですから、無理に私に笑いかけなくてもいいですよ」

 そう言うとクリス様の笑顔はとたんに歪み、苦し気な表情に変わった。
 やっぱり不快になったみたい。
 必要ないからそんな顔を、見たくないだけだったんだけどな。

 殴られはしなかったけれど、クリス様は真顔になり、部屋を出ていった。

 父と違ってクリス様は優し気で丁寧な口調だが、私を従わせて満足するあの笑顔は同じ。
 私はあの笑みが大嫌いだ。


 吐き出しの窓を開け、ベランダに出る。
 目の前の景色は真っ黒な闇に沈み、遠くに街の明かりがチラチラと見える。あのもっと向こうには、かつて住んでいた貧民街がある。
 子どもの頃、河川敷から眺めていたきらきらしい場所に今自分がいることに、現実味を感じない。
 これは私の瞼に映る想像の世界で、明日になればあの貧民街に戻っているのではないかと思う。

 眼下の暗闇の庭園は、確か平面幾何学式庭園だったか……左右対称の作り物の美。

「ここに、私の春の庭はない……」




 それから3日ほど、私は私室から出ないようにとクリス様から言われた。
 そして今日……

「今までご不便をおかけしました。もうご自由にして頂いて結構ですよ」

 私はもう一つの気がかりを口にする。

「公爵様にご挨拶は……」
 いくらお飾りの妻でも、あの結婚式でひと目だけお会いしただけでは、御義父上になった方に失礼にあたると思いクリス様に尋ねると

「今朝、公爵様は領地にお帰りになられました」

 あぁそうか、部屋から出るなと言われたのは、私と公爵様とを会わせないためだったのだと腑に落ちる。

「屋敷内を散策したいならメイドにお申し付けください」

 それならば、行きたいところなんて決まっている。

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