【完結】春の庭~替え玉少女はお飾りの妻になり利用される~
05 子どもの私と、父親アースキン伯爵
辻馬車で連れてこられたのは、大きな貴族様の屋敷だった。
裏口につけられた馬車から、おそるおそる降りる。
男は辻馬車の馭者に「誰にも言うな! 他言無用だ!」と言って金を渡していた。
裏口の入口にひとりの女性が立っていた。紺のドレスを着て、髪をきっちりまとめている落ち着いた雰囲気の中年の女性だった。
「この子がそうなんですか?」
「そうだ。とにかく風呂に入れてくれ。泥まみれだ」
湯がなみなみと入った大きな湯桶に入らされた。こんな経験は初めてで身体がふるえる。
何度も何度も湯を変えて洗われ、身体をタオルでこすられる。髪もひっぱられて痛くて堪らなかったが、ただ耐えるしかない。
痛いときはいつも、優しい想像の世界へと旅立つ。
川で見たエビの脱皮を思い出す。
私はエビで、今日は初めての脱皮だ。
上手く脱皮できない私を、優しいお姉さんエビが助けてくれる。
バシャンバシャン…水がはねる音、大きく力強い音だ。
ガッガッ……私の頭を洗う音、力強くリズミカル。
ギュ~ギュ~……私の身体を洗う音、この低音もいい感じね。
「何この子、無表情で気持ち悪い」
「なんでこんな浮浪児を、あたしたちが洗わなきゃいけないわけ?」
「何回洗えば湯がきれいになるのよ!」
「訳アリの子らしいよぉ~特別手当出るって言ってたし、いいじゃん」
爪も切られ、髪も切りそろえられた。
ここは明るくて眩しすぎる。
周りを見ると、部屋中を照らす奇妙なガラス瓶のようなものがたくさんある。
あぁこれが電灯なのかと納得する。これはどういう仕組みで光るんだろう。
シミひとつないワンピースに着替えさせられ、連れてこられた部屋には、馬車で迎えに来た男の他に、金色の髪と紫の瞳を持つキラキラの服を着た、どこから見てもお金持ちそうな男がいた。
「これは…!」
馬車男が私を見て、目を見開いている。
「あぁ…シャーリィにそっくりだね。瞳は私の色だ。この容姿でよく今まで無事でいたものだ」
愉快そうに笑うキラキラ男。察するに……
「フレデリック……」
母が何度も口にした名前。
本当にこの男が迎えに来たんだ。
何故今頃? 母が生きているうちに何故迎えに来なかった!?
母はずっと待っていたのに!
バン!
馬車男に頬を殴られて、壁に頭を打ち付けた。
「呼び捨てとは何たる不敬! 伯爵様もしくは旦那様と呼べ」
「おやめよロイス。まだ子どもだよ?」
「はっ!」
馬車男は深々と頭をさげる。
「シャーリィが何を言ってたか知らないけれど、私は君を私の子とは認知していないし、これからもする気ないから。ただ、私の血を引く子が場末の娼婦になるのは何となく嫌だし、ごろつきと懇意になってうちを脅してきたりしちゃ面倒だから、目の行き届くところにいてもらおうと思っただけ。で、どうするんだっけ?」
「はい。下女としてとりあえず洗濯女として働かせましょう。とりあえず、ねぐらはあるしメシも出る。下級娼婦になるよりマシでしょう」
「じゃ、わきまえて務めよ」
そういって伯爵……私の父親は部屋を出ていった。
「明日から仕事だ。変な気を起こすなよ? いつでも平民のお前をこの世から消すなんて、簡単なんだからな」
そう馬車男はさらにクギを差し、私を下女が生活する大部屋へと連れていった。
裏口につけられた馬車から、おそるおそる降りる。
男は辻馬車の馭者に「誰にも言うな! 他言無用だ!」と言って金を渡していた。
裏口の入口にひとりの女性が立っていた。紺のドレスを着て、髪をきっちりまとめている落ち着いた雰囲気の中年の女性だった。
「この子がそうなんですか?」
「そうだ。とにかく風呂に入れてくれ。泥まみれだ」
湯がなみなみと入った大きな湯桶に入らされた。こんな経験は初めてで身体がふるえる。
何度も何度も湯を変えて洗われ、身体をタオルでこすられる。髪もひっぱられて痛くて堪らなかったが、ただ耐えるしかない。
痛いときはいつも、優しい想像の世界へと旅立つ。
川で見たエビの脱皮を思い出す。
私はエビで、今日は初めての脱皮だ。
上手く脱皮できない私を、優しいお姉さんエビが助けてくれる。
バシャンバシャン…水がはねる音、大きく力強い音だ。
ガッガッ……私の頭を洗う音、力強くリズミカル。
ギュ~ギュ~……私の身体を洗う音、この低音もいい感じね。
「何この子、無表情で気持ち悪い」
「なんでこんな浮浪児を、あたしたちが洗わなきゃいけないわけ?」
「何回洗えば湯がきれいになるのよ!」
「訳アリの子らしいよぉ~特別手当出るって言ってたし、いいじゃん」
爪も切られ、髪も切りそろえられた。
ここは明るくて眩しすぎる。
周りを見ると、部屋中を照らす奇妙なガラス瓶のようなものがたくさんある。
あぁこれが電灯なのかと納得する。これはどういう仕組みで光るんだろう。
シミひとつないワンピースに着替えさせられ、連れてこられた部屋には、馬車で迎えに来た男の他に、金色の髪と紫の瞳を持つキラキラの服を着た、どこから見てもお金持ちそうな男がいた。
「これは…!」
馬車男が私を見て、目を見開いている。
「あぁ…シャーリィにそっくりだね。瞳は私の色だ。この容姿でよく今まで無事でいたものだ」
愉快そうに笑うキラキラ男。察するに……
「フレデリック……」
母が何度も口にした名前。
本当にこの男が迎えに来たんだ。
何故今頃? 母が生きているうちに何故迎えに来なかった!?
母はずっと待っていたのに!
バン!
馬車男に頬を殴られて、壁に頭を打ち付けた。
「呼び捨てとは何たる不敬! 伯爵様もしくは旦那様と呼べ」
「おやめよロイス。まだ子どもだよ?」
「はっ!」
馬車男は深々と頭をさげる。
「シャーリィが何を言ってたか知らないけれど、私は君を私の子とは認知していないし、これからもする気ないから。ただ、私の血を引く子が場末の娼婦になるのは何となく嫌だし、ごろつきと懇意になってうちを脅してきたりしちゃ面倒だから、目の行き届くところにいてもらおうと思っただけ。で、どうするんだっけ?」
「はい。下女としてとりあえず洗濯女として働かせましょう。とりあえず、ねぐらはあるしメシも出る。下級娼婦になるよりマシでしょう」
「じゃ、わきまえて務めよ」
そういって伯爵……私の父親は部屋を出ていった。
「明日から仕事だ。変な気を起こすなよ? いつでも平民のお前をこの世から消すなんて、簡単なんだからな」
そう馬車男はさらにクギを差し、私を下女が生活する大部屋へと連れていった。