愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う

第2話

『子作りは義務だ』
と言っておきながら、初夜のあの日以降、レニー様が夫婦の寝室に訪れたことはない。

「馬鹿みたい」

毎日、毎日、月のものがある日以外夫婦の寝室で休んでいる私が馬鹿みたいだ。

ここの使用人達だって、私達夫婦の間が上手くいってないことなど百も承知なのに、私に仕える侍女達は、毎日私をピカピカに磨き上げて、夫婦の寝室へと送り出す。もう一種のルーティンのようなものだ。

今日も私は大きな寝台を独り占め……そう思いながら横になった途端。

── バン!!

と大きな音がして、レニー様がこの部屋へと入って来た。

私は驚いて上半身を起こす。レニー様の顔は何が気に入らないのか、仏頂面だ。いや……これは怒っているのかもしれない。

「レニー様何……」
「何故アリシアを除け者にした!」

私の言葉にレニー様の声が重なる。

「は?アリシア様?」

「そうだ!アリシアをお茶会に誘わなかっただろう?!」

私は昨日開いたお茶会のことを思い出す。

うちは伯爵家だ。アリシア様は侯爵夫人。私が招待したのは同じ爵位或いは格下の爵位の御婦人方のみ。
自分より爵位が上の御婦人を誘うなんて、失礼にあたるから当たり前だ。物凄く仲良しならいざ知らす、私とアリシア様は結婚後私が挨拶に行った時しか顔を合わせていない。ちなみに彼女は気分がすぐれないとかで、結婚式は欠席していた。
挨拶の時だって彼女が話しかけるのは夫のレニー様のみ。私なんて視界にも入っていないのではないかと思った程だ。

「だからなんです?当たり前ではないですか」

「アリシアが泣いていたんだぞ?可哀想に。仮にも親戚じゃないか!招待ぐらいしたって良いだろう?」

「ハァ……。伯爵夫人のお茶会に侯爵夫人が?馬鹿にされますよ?」

「義理の姉妹じゃないか!」

「他人ですわ。そこは貴族のルールに則るべきです。女性の社交には男性には分からない仕来りがあるのです。口を挟まないで貰えますか?」

寝ようとしていた所にこんな面倒くさい話をされて、私も些か苛ついている。

「君は……本当に冷たい女だな」

「お茶会に冷たいも何もありません。それに私はアリシア様と馴れ合う程親しくもありませんから」

「もういい!君の顔など二度と見たくない!」

そう言ってレニー様は出て行った。

彼の口からはっきりと言われたことはないが、レニー様の愛する人というのは、きっとアリシア様なのだろう。彼の態度はそれを如実に表していた。兄の妻を愛しているなど、なんと不毛な愛だろうか……そう思うが、人の気持ちなど理性だけでどうにか出来るわけでもない。

ただ……旦那様の態度があからさま過ぎる。これではどんなに鈍感な人間であっても、彼の気持ちに気付かない方がおかしいというもの。

「きっとアリシア様もレニー様の気持ちに気付いているわよね」

そしてこの屋敷の皆もそれに気付いてみて見ぬふりをしているのだろう。
今、私に出来ることは、せめて、あちらの家庭を壊すことのないよう祈るだけだ。


レニー様に呼び出されたのは、その翌日のことだった。

「何の御用でしょうか?」

「アリシアが茶会を開きたいと言っている。手伝ってやってくれないか?」

「私は侯爵家の使用人ではございませんが?」

「別に茶器を用意したり、飾り付けをしろと言っているわけではない。彼女はお茶会を開いたことがないんだ。彼女の実家も……然程裕福ではなかったし、子爵位ということもあって、そんな豪華な茶会は開いたことがないらしい。だからアドバイスをしてやれと言っているんだ」

アリシア様が侯爵に嫁いで一年半以上経つと聞いているが、それなのに一度も茶会を開いたことがない?それに私は驚いた。

確かに『ハルコン侯爵の茶会に招待された』という話はここに嫁ぐ前もあまり聞いたことがない。

「アドバイス……。私に務まるとは思えませんが」

侯爵家には侯爵家なりの……それに見合ったお茶会があるというもの。私は実家も伯爵位だったから、ここでは難なくこなせただけだ。

「そんなことはないだろう。先日のお茶会は盛況だったと聞いている」

私が嫁いでから初めてのお茶会ということもあって気合いを入れたことは確かだ。招待した人数もかなりのものだったが、皆様からは満足したとの声が多く聞かれた。

「ですが……」

── バンッ!

レニー様が机を叩いた音に、私は思わずビクッと体を震わせた。

「四の五の言わずに手伝ってやればいいだろう!そもそもこの前のお茶会でアリシアを除け者にするような意地悪をするからだろ?本当に君はつ──」

「『冷たい女だ』ですか?別にレニー様にどう思われようと構いませんけれど、仕方ありません。お手伝いはいたしますが、それについてレニー様が色々と文句をおっしゃらないと約束してくださいませ」

「約束などと大袈裟な。茶会のノウハウなど私は知らないんだから、口を挟むことはない。話は以上だ」

レニー様はそう言うと、手元にあった書類に視線を落とした。もう出て行けとの合図だろう。


私は大きくため息をついて、その場を後にした。

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