愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う

第30話

「レオ?ああ……レオナルドのことか」

私はあのクラブに来ていた。あれから二日が過ぎていたが、レオにハンカチを返すためだ。

まだ昼過ぎ、営業時間ではないだろうが、従業員は既に来ているだろうとの判断だった。

前回来た時に居た、屈強そうな門番が私の問いに答える。

「ちょっと待っててください」

門番は屋敷の方へと小走りで駆けていった。少しして戻ってくると、申し訳なさそうに私に言う。

「すみません。今日は休みみたいっすね」

「そう……じゃあ── 」

私が綺麗に包んだハンカチを預けようとした時、後ろからまた一人、男性が現れて言った。料理人だろうか、彼はエプロンを着けている。

「妹さんの具合が悪いみたいで、急遽休むって連絡が」

すると私に対応してくれていた門番の男性が振り返って言った。

「妹と二人暮らしって言ってたな。金が無いって言ってたけど、大丈夫かぁ?」

それを聞いて不安になる。つい無意識に私は尋ねていた。

「あ、あのっ!すみません、レオの家って分かります?」

すると、門番と後から来た男性が顔を見合わせて困った表情になった。

「どうする?」
「客にクラブ外で男と会わせるのは……」

なるほど。私が無料でここで働く男性と接触しようとしていると思われたのか……。

「無理ならやはりこれを渡していただくだけで……」

私も出しゃばり過ぎだと反省する。ハンカチを渡して大人しく帰ろう……そう思ったのだが、門番達は私にレオの住んでいる場所をサラリと言った。

「え……?」

「あいつはボーイだし……まぁ、別に大丈夫っすよ」

門番はそう言って鼻を擦った。

「そう……?でも貴方達が罰せられたりしない?」

「あぁ、大丈夫ですよ。ヒーラー達の住処を教えたら大目玉でしょうけど。たまに居るんですよ。プライベートでもヒーラー達に会いたがるご婦人が。それはトラブルの元なんでね」

フリオはここにいる男性なら誰でも指名して良いと言っていたが……現実としてヒーラー以外の男性と懇意になる女性は居ないようだ。

「貴方達も大変なのね」

私がそう言うと彼らは少し困ったように笑った。

「まぁ……。ここで働いてるとたまに『女って怖いな』って思ったりしますよ」

「……そうかもしれないわね」

この場で知り合った男性を本気で好きになる人もいるのかもしれない。

「じゃ、あいつに会ったら言っといてください。妹が良くなるまでゆっくり休んでいいって」

「会えたら、伝えておくわ」

そう言って私は馬車へと戻った。

御者に場所を伝えると、少し困惑したように私に言った。

「ここからそう離れてないみたいですが、そこら辺に馬車を停めておく場所があるか……」

「なら、近くまで。停められる場所がある所で良いわ。そこで待ってて貰える?」

「畏まりました」

私は馬車に乗り込む。窓の外を移ろう景色は段々と平民達が住む街へと変わっていった。



御者に「直ぐに戻る」と告げて、私は教えて貰った通りへと歩みを進めた。

貧民街……というわけではないが、夜は出歩きたくない場所だ。

ここら辺かしら?そう思ってキョロキョロしていると、とある家から怒号が聞こえた。

「シルビアに薬を買わなきゃなんないんだよ!!」

「うるさい!この金は元々俺のもんだ!今まで面倒みてやったことを感謝しやがれ!」

突然数軒前の家の扉が乱暴に開かれたかと思うと、赤ら顔の男が飛び出して来た。その後をレオが飛び出し、男の腕を掴む。

「二、三日待ってくれたっていいだろう!」

「うるせー!!」

男は腕を振りほどくと同時に、レオの腹を蹴った。

華奢なレオは地面を転がり、蹲る。
怖くなった私はその場から動けずに居た。男が私の横を早足で通り過ぎる。チラリと私の方を見て、ニヤけた顔を見せたが「ちょ……っ!待ってくれ!」と蹲りながらも叫ぶレオの声に顔を顰めた。
「チッ」と舌打ちすると、その男はそのまま去っていく。酒の匂いが鼻をついた。

私は金縛りが解けたように、レオへと駆け寄った。

「大丈夫!?」

「あ……貴女は……」

私は地面に蹲るレオへと手を差し伸べる。レオは躊躇いながらも、その手を取って何とか起き上がった。

「す、すみません……。みっともないところを……」

「あれは誰なの?あなたにこんな酷いこと……」

レオは蹴られたお腹に手を当て、腰を折るようにしてヨロヨロと歩き始める。

「掴まって」

私はレオへ肩を貸すようにして、共に先ほど男とレオが飛び出してきた家へと入っていった。


私は手近な椅子にレオを座らせる。

「すみません、手を煩わせてしまって」

「気にしないで。妹さんは?」

「奥で寝てます」

私はレオが顎で示した扉に私は静かに向かった。
細くその扉を開けると真っ赤な顔で眠っている少女が見えた。

「熱が?」

「はい……医者に診てもらう金はないし、薬だけでもって思ってたんですけど……。あいつに盗られちゃって」

私はそっと扉を開けて、その少女に近寄った。起こさぬように額に手を当てる。

「凄い熱……」

気付くと直ぐ後ろにレオが立っていた。私はレオに振り返り告げる。

「お医者様に診てもらいましょう。少し待ってて」

私はそう言って家を飛び出すと、うちの馬車まで全速力で駆けていった。





「うん。熱は高いが、悪い感染症じゃない。ただの感冒だね」

私が御者に頼んだのは、この近くの医者を連れてくることだった。ブラシェール家の主治医だと、後々レニー様に何か言われるのも癪だったからだ。……別に後ろめたいわけじゃない。決して。

「良かった……」
私がそう言うと、レオもホッと胸を撫で下ろした。

レオの妹シルビアは、苦い薬を我慢して飲み込むと、大人しく横になった。

お医者様が帰る段になって、レオが決心したように口を開いた。

「あの……今、金が……」

「先生。お支払いは私が」

私は自分の小遣いから、診察代と薬代を支払った。

「そ、そんなの……っ!」

慌てるレオに私は言った。

「私が勝手にしたことだもの。気にしないで」

気にしないでと言っても、レオは気にするだろう。それは分かっていたが、私はどうしても放っておけなかった。

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