愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う

第58話

心配になった私は食事もそこそこに、レニー様を追って玄関ホールに向かった。

そこには険悪なムードの二人。漏れ聞こえてきたクラッド様の声には、アリシア様への不満が含まれる。

「クラッド様、おはようございます」

私が出てきたことにより、クラッド様は笑顔に、レニー様は不機嫌そうな顔をした。

「やぁ、デボラ。朝早くから悪いね。仕事が立て込んでいて、この時間しか取れなくて」

「なら、誘わなきゃいいだろ」

クラッド様の声に被せるようにレニー様は反論した。私が口を挟む隙もない。

しかし、クラッド様はレニー様のそんな言葉など意に介せず、私へと微笑みかけた。

「ハルコン侯爵家が贔屓にしているドレスショップがあってね。無理を言って既に店を開けてもらっている。じゃあ、行こうか」

クラッド様が私の方へと手を差し出す。それをレニー様がはたき落とした。

「痛いじゃないか」
「気安くデボラに触るなよ」

レニー様はクラッド様を睨んでいるが、当の本人は苦笑いだ。

「エスコートは当たり前だがお前がそう言うなら仕方ない。デボラ、さぁ出かけようか」

「あの、まだ支度が── 」

「ドレスは必要ない。晩餐会には出席させないからな」

レニー様は今度は私の言葉に被せてきた。私とクラッド様の間に立ちはだかるように腕を組んでいる。

「レニー……。これは陛下の命を受けたものだ。パートナー同伴でと言われている」

「だから、アリシアを── 」

「国家の恥を晒すのか?」

クラッド様の声が一際冷たく感じる。『恥』とはさすがに言い過ぎだろう。

「兄さん!さすがにそれはっ──」
「クラッド様、それは言い過ぎ──」

私とレニー様の言葉が重なる。しかし、クラッド様は耳を貸すことなく話し続けた。

「陛下に『お前の妻では力不足だ』と言われた僕の気持ちが分かるかい?顔から火が出る程恥ずかしかったよ」

私は別にアリシア様を好きなわけではない。いや……言葉を選ばずに言うなら、苦手だ。
しかし、それでも私はクラッド様の物言いにカチンときていた。

「選んだのはクラッド様では?」

私の声色はきっと酷く冷えていただろう。それでも言わずにはいられなかった。約半年前『初恋だった』と少し照れたように言っていたクラッド様は何処へ行ったというのか。
クラッド様はスッと真顔になる。さっきまでの微笑すらなくなってしまった。

「心の底から後悔しているよ」

クラッド様の声は今まで聞いたことのないような暗さを含んでいた。

しかし、すぐさまクラッド様はいつものように柔らかく微笑むと私に言った。

「支度がまだだと言っていたね。今のままでも十分美しいと思うが。あまり時間がないんでね、急いで支度して来てくれるかな?」

表情は柔らかいながらも、その声には有無を言わさぬ圧があった。私は無意識にその圧に屈し頷いてしまう。

「デボラ!」
レニー様はほんの少し私を責めるように名を呼んだが、思い直したようにクラッド様に向き直ると一言言った。

「僕もついて行く。ドレス代も僕が支払うから」




「デボラ、これなんかどうかな?」
「いや、デボラにはこっちの方が似合う。なぁ、デボラ、こっちのドレスがいいよな?」


二人がこぞって私にドレスを勧めてくれるのはありがたいのだが『こっちだ』『いや、こっちの方が』と競うように私の元へとドレスを運んでくるのが、どうにも鬱陶しい。

私はそんな二人の間をぬって、一着のドレスの前へと向かう。

「こちらにいたします」

私が選んだのは二人がどちらとも選ばなかった一着。どちらのオススメを選んでも、何となくモヤモヤが残るに違いない。これが私の最適解だ。

「少し地味じゃないか?」
「落ち着き過ぎてはいないだろうか?」

二人は少し不満気な顔をしていたが、私はそれを無視してニッコリと微笑む。

「隣国の国旗の色は濃い藍色と白を基調としております。このドレスも同じ。皇太子殿下と食事をするのであれば、これが喜ばれるかと」

私の答えに二人はハッとしたように自分の手に持っていたドレスに視線を落とす。二人とも自分の髪の色だ、瞳の色だとドレスを選びがちだったことを反省したようだ。

「なるほどデボラの言う通りだな」
レニー様は納得したように微笑んだ。

「デボラに言われるまで気づかないとは……僕は殿下の側近失格かな」

クラッド様も苦笑しながらも納得してくれたようだ。

……正直、この三人の空間から逃げ出したい。なんとも落ち着かない。レニー様の態度はまぁ、分かる。昨日私に好かれるように努力すると誓ったばかりだ。だが、どうしてもクラッド様の態度には違和感しか感じない。

元々クラッド様は私に対して敬意を持って接してくれていたと思う。お茶会の準備の時だってそうだ。だが、今は……なんと言葉にすれば良いのか分からないが、それ以上の親しさを感じるのだ。……戸惑いしかない。

結局、最後の最後までドレスの代金をどちらが支払うかで揉めていたが、私はクラッド様にドレス代、レニー様にアクセサリー代を支払ってもらうことで、事なきを得た。

結局、外出から戻った私はヘトヘトだった。これを気疲れというのだろう。

しかし、今日はハロルドが領地に戻る日。疲れていても彼の見送りぐらいはきっちりしたい。


「奥様、果樹園の再建のための資金をありがとうございました。これでまだまだ増やせそうです」

ハロルドが私に深々と頭を下げるのを私は手で制した。

「私は予算の改定案を出しただけ。実際お金を出してくれたのはレニー様よ」

私は隣に立つレニー様に微笑んだ。彼も同じように笑顔を私に返してくれる。……ほんの少し頬を赤らめながら。

「旦那様、本当にありがとうございます。今、領地はとても活気づいています。雰囲気も凄く良くて」
ハロルドはもう一度、今度はレニー様に向けて深々と頭を下げた。

「農作物は天候に左右される。こればかりは神の采配だが、きっと上手くいくと僕も信じてる。ハロルド、領地のことは任せた。近いうちにまた顔を出すから。……デボラと二人で」

その言葉に顔を上げたハロルドは嬉しそうに笑った。

「旦那様が領民を気にかけてくれていると、そう思うだけで皆安心します。お二人が領地に足を運ぶまでに今の倍に収穫量を増やしてみせます」

ハロルドの力強い言葉に私達も頷いた。

ハロルドを乗せた馬車を見送りながら、レニー様が静かに言った。

「机に向かっている時間は少し苦痛だが。これからの領地のことを考えるとワクワクする自分がいるよ。領地経営をもっと本格的に学ばなければな。……デボラ、教えてくれるかい?」

「喜んで。ブラシェール伯爵領の為に二人で共に頑張りましょう」

そう私が言えば、レニー様は微笑んで私の手を握る。私達はそのまま、手を繋いで屋敷の方へと歩みを進めた。
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