愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う

第71話

「頭が固い……ね。元々私のやることが気に入らなかったことは承知してるわ。……でも、私を選んだのは執事の彼が敬愛しているクラッド様でしょう?矛盾してるわ」

私は肩を竦め、パンを千切った。
我が領産のジャムをたっぷりつけて、大口で齧る。ほどよい甘さが口に広がり、イライラした気分が少し解れた気がした。

「あいつが敬愛していたのは『前』侯爵様です。それを継いだクラッド様のことを支えていこうと心に決めていた矢先── 」

「ブラシェール伯爵家の執事になれと言われて拗ねたってこと?── 馬鹿馬鹿しい。仕事を何だと思っているのかしら」


「まったくです」

家令は私に同意するように頷いた。しかし一つ問題がある。

「新しい執事を募集しなきゃね……貴方に負担をかけてしまうわ」

「私の心配なら無用ですよ。体は丈夫なので」

家令はそう言ってくれるけど、彼に甘えてばかりはいられない。私はあまり気乗りはしないが、実家に連絡してみることにした。……兄に頼りたくはないが、仕方ない。

「執事の分の仕事は私に回して。私も手伝うわ」

「奥様、それよりもあと三日で店のオープンですよ。奥様はそちらに尽力されてください」

あ……忘れていた。

「そうだった……。レオナは?引っ越しは終わったかしら?」

「大した荷物もありませんでしたから、もう終わってますよ。今日、見に行かれますか?」

開店準備に新しい執事探し。ハルコン侯爵家を出て行ったアリシア様の行方に、クラッド様の離縁。あぁ、皇太子殿下の帰国もあったか。考えることもやるべき事も山積みだ。

「ええ。様子を見に行くわ。今日、レニー様は帰ってくることができるかしら?」

私は最後のお茶を飲み干すと、おもむろに立ち上がった。


実家に一筆手紙を書いてから、開店準備中の店に顔を出した。

「デボラ様!」

私の顔を見たレオナが笑顔で私に駆け寄った。

「引っ越し終わったって聞いたわ。手伝えなくてごめんなさい」

「とんでもない!こんな素晴らしい所に住まわせて貰えるなんて、本当に有り難くて」

レオナは今だに男性のような格好だ。

「もう、性別を偽る必要はないのよ?」

そう言われたレオナは自分の姿を見下ろして苦笑した。

「この方が動きやすいので。あ!でもお店で着用する洋服は届いてます」

彼女は「少し待っていてください」と笑顔で言うと、二階に駆け上がった。
降りてきた彼女の手には大きな箱。

彼女はテーブルにその箱を置くと、箱の蓋を開く。

「まぁ!可愛らしく出来たわね」

ストライプのワンピースはフリルが多く使われていて、パフスリーブが可愛らしい。ワンピースに着けるエプロンにもフリルがたっぷりだ。実はこのデザインも私が考えたものだ。出来るだけ明るく可愛らしくと必死で頭を悩ませた。

レオナはワンピースを摘んで自分の体に当ててみる。

「可愛らしすぎて私に似合うか心配ですけど」

彼女はワンピースを体に当てたまま、体を揺らして見せた。彼女の口元は綻んでいて、嬉しそうに見える。
あぁ、やっぱり彼女もこうした格好をしてみたかったのかもしれない。私もそんなレオナの様子に笑みが溢れた。


店内は九割方出来ていた。

「あとは食器が届くのを待っています」

私に報告しているその間も、色々と届き続ける荷物をレオナはテキパキと片付けていた。すっかりここの主らしい彼女に安心感を覚えた。

「シルビアは?」
私がレオナに問いかけたちょうどその時、二階から子ども用のエプロンを着けたシルビアが降りてきた。

「お姉ちゃん、お部屋のカーテンなんだけど── 」

店と部屋とをつなぐ階段を降りきったシルビアはサボンドアを勢い良く手で押しながら店に入って来た。
彼女は私の姿を認めると、一気に満面の笑みを浮かべた。

「デボラ様!」

その笑顔がレオナにそっくりで微笑ましい。
彼女は私に走り寄って飛び込むように抱きついた。

「こら!シルビア!デボラ様に失礼なことを── !」

慌ててシルビアを引き離そうとするレオナを、私はやんわりと手で制して頷いた。

「シルビア、このお家は気に入った?」

私に抱きついたシルビアの頭をゆっくりと撫でると、彼女は抱きついたまま私を見上げてニッコリと笑った。

「すっごく素敵!デボラ様ありがとう!」

「気に入ってくれて良かったわ。シルビアもエプロンを着けて……レオナのお手伝い?」

「うん!あ!でもカーテンを付けようとしたんだけど、椅子に乗っても背が届かなくて……」

シルビアがそう言いながら、レオナを振り返った。レオナはワンピースを綺麗に畳みながらシルビアに優しく言う。

「カーテンは後で私が取り付けるから、シルビアは休憩していいよ」

そこで、私は大切なことを思い出す。

「あぁ!そうだった!料理長がドライフルーツを入れたケーキを焼いてくれたの。レオナ、貴女も休憩にして、お茶にしましょう」

私の言葉にシルビアは溢れんばかりの笑顔だ。

「ケーキ?」
私を見つめる瞳はキラキラと輝いていて、私もつられて笑みが溢れた。

(子どもって可愛いのね……。レニー様の子どもなら男の子でも女の子でもきっとめちゃくちゃ可愛いわ)

無意識にそう考えて、私はハッとした。ごく自然に私達の子どものことを考えていた自分に驚いてしまう。
そんな自分に気付いて、私は思わず頬を赤く染める。

固まった私を見て、シルビアが「デボラ様?」と名を呼ぶまで、私は自分の変化に戸惑っていた。
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