愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う

第74話

「いらっしゃいませ!」

明るい声が響く。店のショーケースの前に立つレオナは私の顔を見るとますます笑顔になった。

「デボラ様!」

「大盛況ね。手伝いに来たわ」

店が開店して五日。手伝いに行っていたうちの使用人から『猫の手も借りたいほどに忙しい』と聞いて私は自ら手伝いを買って出たのだ。しかし、料理長には『くれぐれも厨房には立たないでください』と釘を刺された。


「そんな!デボラ様に手伝っていただくわけには……」

私は店の中をぐるりと見渡した。確かにお客様でいっぱいだ。私は明るく声を上げる。

「気にしない、気にしない。さぁ、店長!私は何をしたらいいのかしら?ただ……厨房には立つなって言われているのよね……」

私が口を尖らせるとレオナは我慢出来ずに吹き出した。

「アハハ!ならばここをお願いしてもいいですか?私はホールで給仕を手伝いますから」

カフェも満席だ。私は大きく頷くと、持ってきたエプロンを着け、ショーケースの前に立った。
私と一緒にメイドも二人連れてきたが、私を含めた三人を加えても、ほぼ休憩することなく閉店まで働き詰めだった。


「はぁ……疲れたわね。こんなに忙しいならもっと早くに言ってくれたら良かったのに……もう少し使用人をここに派遣させて貰うわ」

私は店の中の一つの椅子にドカリと腰を下ろした。脚が棒のようだ。

そんな私の目の前にジャムを添えたお茶と、フレッシュなクリームの乗ったケーキが運ばれて来た。
コトリとテーブルにその二つを運んできた人物を見上げる。

「レオナ……これは?」

このケーキは初めて見るメニューだった。

「私が考えたケーキです。……って作れる程の腕があれば良かったんですけど。間にはうちのジャムを挟んでます。食べてみてください」

『うちのジャム』と口にしたレオナの顔はなんだか誇らしげに見えて、私は思わず笑顔になった。彼女がこの店を……そしてうちの領地で作られた果物を誇りに思ってくれているのが伝わる。

「デボラ様?何か可笑しかったですか?」

「いいえ。じゃあ、いただくわ」

私はニヤけた顔を誤魔化すように、すぐさまフォークをケーキに入れた。スポンジはふわふわで間に大粒の苺の果実の残るジャムがたっぷり入っている。

「── !美味しい!」

ジャムが多過ぎるかと思ったが、甘さが控え目に作られており、苺の甘酸っぱさがクリームと相まって丁度良い。
私の言葉にレオナは嬉しそうに笑う。

「良かった!店で売っているジャムより甘さを控え目にして、果実をなるべく残して欲しいとお願いしたんです」

得意げな彼女に私は胸が温かくなる。レオナがこの店のために色々と考えて行動してくれているのが嬉しい。

「甘さも丁度いいし、お茶にも合うわね」

私はお茶にジャムをポトリと落とし軽く混ぜた。疲れた身体に染み渡る。

「ですよね!?あー良かった!一度デボラ様に食べていただいてから合格ならお店のメニューに加えようかと思っていたんです!」

「もちろん合格!きっと看板メニューになるわよ」

私の言葉を聞いたレオナは飛び上がらんばかりに喜んでいる。私はそんなレオナに尋ねた。

「……レオナ、ここの仕事はどう?」

「忙しいですが、やり甲斐がありますし、何より楽しいです!」

私はその答えにホッとした。

「良かったわ。これからもよろしくお願いね、店長さん」

店長と呼ばれる度に少し恥ずかしそうな顔をするレオナが可愛らしい。

開店して五日。利益は上がっているが、投資した額を考えるとまだまだだ。おじ様との約束の期日まであと四カ月を切っている。私は内心少し焦っていたが、レオナの照れた顔にその気持ちが少しずつ解れていくのを感じていた。


レニー様が帰って来たのは、それから三日後の夜遅くのことだった。

「レニー様!おかえりなさいませ。ご無事で良かったです」

約十日ぶりのレニー様の顔は些か疲れているようだった。しかも無精髭まで……。

「まぁ……無事と言えば無事だが」

レニー様の答えは何故か歯切れが悪い。

「アリシア様の件ですか……?」

「知っていたか……まぁ、な。あの場で僕の名を呼ぶものだから、僕まで巻き込まれそうになった。話せば分かってくれたが、一瞬ヒヤリとしたよ」

「それで、アリシア様は?」

「泣き叫びながら、連れて行かれた。何とかしたかったが、隣国から手を出すなと言われてね。僕は隊も率いていたから下手な真似は出来なくて」

「……そうでしたの……」

クラッド様よりレニー様の方が幾らかアリシア様に同情的に見える。これもレニー様の優しさなのだろう。

「あ、あの!」

私達の会話にいつ割り込もうかとウズウズしていた執事が思い切ったかのように声を上げる。思いの外大きな声に、レニー様は初めて彼を認めたように目を見開いた。

「君は?」

「はい!こちらで執事として働かさせていただくことになりました、スタンと申します!」

執事は大きな身体を二つに折り曲げるかのように頭を下げた。

「頭を上げていい」

レニー様は執事らしからぬ佇まいのスタンに何度も上から下まで視線を走らせた。

「護衛……ではなく?」

確かにスタンの体格を考えるとそう思うのも間違っていない。

「あ、こんななりをしておりますが、残念ながら剣などの荒事には全く!しかし体力には自信がございますのでなんなりと!」


「げ、元気だな。まぁ、よろしく頼む」

「レニー様、先に湯浴みを終わらせては?お腹も空いているのではないですか?」

「あぁ、そうしよう。埃っぼくてかなわん。食事も用意してもらえると嬉しいよ」

レニー様のその言葉に私は執事に軽く頷いた。

執事は「承知しました!」と返事をすると、ドタドタと駆けて行く。
あぁ……あれではまた家令に怒られるのではないかしら?

執事の背中を見送ると、何となく二人視線を合わせて苦笑した。

「騒がしいが、悪い奴ではなさそうだ」

「執事選びは任せると言われておりましたが、勝手に決めてしまって果たして良かったのかと不安に思っておりました」

レニー様は自然と私の横に並び、肩を抱く。

「君が決めたことに反対などしないよ。信じているからね」

「……そう言って貰えて良かったです」

私達は微笑み合う。

「店のことも聞きたいしな」

「お疲れでしょうに」

「君の顔を見たら疲れは吹っ飛んだよ」

私達は歩き始めた。私の肩に置かれたレニー様の手はとても温かかった。
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