死んじゃうなら、その命くれない?

ep01:人生サヨナラ計画

「ス、ストップ、ストップ!! 一歩下がって! とっ、とりあえず一歩だけでも!!」

 突然目の前に現れた男は、私に向かってそう叫んだ。

 え……? 私、もう死んじゃってる……?

 いや、まだだ……まだ死んじゃいない。飛び降りようとしたビルの端っこに、今もまだ突っ立っている。

 だけど、私がそんな勘違いをするのも無理はない。声をかけてきたその男は、眼の前で宙に浮いているのだから。

「とっ、飛び降りる前に少しだけ、僕に時間をくれないか? 君にとっても悪い話じゃないと思うから」

 勇気を振り絞って、やっと最後の柵を乗り越えられたっていうのに。

 私の人生サヨナラ計画は、振り出しに戻ってしまった。


***


「——あなたは何? 神様とかそんな感じ?」

 私はその場に座り込み、宙に浮いたままの彼に聞いた。

「いや……区分するなら、君たち人間に限りなく近い。君たちもいずれ、僕たちのように体を持たない意識だけの生命体になる。——と言っても、ずいぶん遠い未来の話になるけどね」

「じゃあ、今の姿は何なの? 私と同じ歳くらいの男子にしか見えないけど」

 宙に浮いていることを除けば、どこにでもいそうな青年にしか見えない。いや、少しだけイケメンなのかもしれない。

「ああ、この体ね。何かしら見えてるほうが、説得力があるかなって。それで、この星の人間の格好をしてるだけなんだ。——光の屈折でそう見せてるだけで、実体は無いんだけどね」

 彼は足をプラプラとさせると、その足は鉄製の柵をすり抜けた。死を目前にしたことで、私の感性もおかしくなっているのだろう。「そうなんだ」と素直に受け入れている。

「でね……死んじゃうなら、君のその命くれないかなって。どうだろう?」

「わ、私の命……? 私は……私とあなたはどうなるの?」

「君が合意してくれるなら、僕は君の体で生きていくことになる。そして君は、君の意識は……うーん、どう言えばいいんだろう、天に(かえ)るとでも言った感じだろうか。文明が進んでいる僕たちの時代でさえ、寿命を迎えたあとはどうなるのか分からないんだ」

 私が合意したら、痛みも苦しみもなく、この世から去ることが出来ると彼は言う。

 この屋上だって、何度足を踏み入れたことか。最後の柵を乗り越えることが出来たのは、今日が初めてだった。楽にこの世を去れるのなら、悪くない話なのかもしれない。

「いいよ、分かった。——でも、私の身体なんかでいいの?」

「あっ、当たり前じゃないか! こんな若くて健康な身体が手に入るなんて、思ってもみなかったもの。——じゃ、本当にいいんだね?」

 私は無言で頷いた。

 もっと可愛い子や、カッコいい人だって沢山いるのに。彼の気が変わらないうちに、早く終わらせてしまおう……

「ありがとう。君みたいな人を探すのに、どれだけの時間を費やしたことか……じゃ、いくよ。目を閉じて……」

 私は彼に言われるがまま、静かに目を閉じた。

 さよなら、お母さん……

 ごめんね、お母さん……
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