死んじゃうなら、その命くれない?

ep23:記憶

 あの事件が起きてから二週間が経った。

 悠真の葬儀は、常盤高校が中心となって行われた。悠真には身寄りがなかったため、自治体が学校へ相談に来たらしい。当然、私たちのクラスでは、悠真の両親の話が取り沙汰された。

「海外で仕事をしてるからって、父親が日本に戻ってこないとかありえないよな」

「離婚したとはいえ、母親は身内として手を挙げないのか?」など、そんな感じだ。

 だけど、その答えは永遠に出てくることはない。

 全ては私の作り話なのだから。



「学校はどう? そろそろ以前の感じに戻ってきた?」

 一緒に朝食をとっていた母が私に聞いた。

「うん……少しずつだけど。今日、悠真の机とお花を片付けるみたい。教室だけでも、少しずつ日常に戻っていくと思う」

「そっか……眞白も少しずつ、前の雰囲気に戻ってきたもんね」

 私の雰囲気……? 母に視線を向けると、母は軽く微笑んだ。

「戻ってきたってどういうこと……? 少しは元気になってきたってこと?」

「いや、そうじゃなくて……まだ、メガネをかけていた頃の眞白に戻ってきたのかなって。ほら、悠真さんが亡くなる前の眞白って、すごく元気だったじゃない? 何でも前向きで、どんなことにも挑戦しようって感じで。その時の眞白もすごく素敵だったよ。素敵だったんだけどね……少し、違和感もあったの。眞白は眞白なんだけど、どこか他人と一緒に暮らしてるような。————あっ! ご、ごめんね、私ったら眞白が大変な時に、こんな事言ってしまって。い、今言ったことは気にしなくていいから」

 母はそう言うと、慌てて食器を片付け始めた。


 リュエルとは違い、私はリュエルが眞白だった時の記憶を受け継いでいない。母や一緒に帰宅している沙耶との会話で、憶えのないものがいくつか出てきたこともある。

 ただ、リュエルが眞白だった時のLINEを一から読み直してみたが、今の私が困るようなやりとりは一切無かった。眞白という人生を、ただただ楽しんでいたんだろうなと感じるだけだった。


***


「悪かったな、急に誘って。——色々あったから、なかなか声がけづらくて」

「ううん、全然」

 今日は沙耶に断りを入れて、春人と一緒に帰宅している。春人は最初からそのつもりだったらしく、自転車で学校に来ていた。

「季節にもよるんだろうけど、自転車通学もいいな。風が気持ちいいし、健康にも良さそうだし」

「この季節はね。まあ、今日は晴れてるからいいけど、雨なんて降ったら自転車通学は最悪だよ」

「ハハハ、雨か。それは流石に嫌だな」

 春人はずっと私の家の方向に自転車を走らせている。私の家まで送ってくれるつもりだろうか。

「そろそろ引き返さないと、帰るの大変になっちゃうよ」

「全然いいよ。眞白の家まででも大丈夫。——ほ、ほら、まだ貰ってない返事もあるし」

「な、なに……返事って?」

 春人は急ブレーキを掛けて自転車を止めた。私も慌ててブレーキを掛ける。

「じょ、冗談だよな……? マジで言ってる……?」

 きっと、リュエルが眞白だった時に聞いていたことなのだろう。春人とのLINEのやりとりにも、返事を求めるようなものは無かった。

「ご、ごめん……本当に憶えてなくて……」

「あ……もしかして、悠真のことがショックで、記憶が飛んじゃってるってことか?……こ、こんな事って、本当にあるんだな……」

「そ、そうかも……いつの話なの?」

「悠真が……悠真が刺される直前だ。いや、もう刺されてたかもしれない……俺が眞白に言ったこと……憶えてない? 返事を貰う前に、眞白は悠真の元へ走っていってしまったから」

「う、うん……もう一度だけ、聞かせてもらっていい?」

 私がそう言うと、春人は自転車のスタンドを起こし、その場に自転車を停めた。私も春人に倣って自転車を停める。片道2車線の端にある、広い歩道の上で。

「じゃ、じゃあ、もう一度言うぞ。今度は忘れないでくれよ」

 頬を真っ赤にした春人が言う。私は力強く頷いた。

「さ、桜庭眞白さん! 俺と付き合ってください!」

 春人は頭を下げ、勢いよく右手を差し出した。
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