死んじゃうなら、その命くれない?

ep03:転校生

 次に目覚めた時、フカフカのベッドの上に私はいた。

 ゆっくりと上半身を起こすと、ほどよく筋肉がついた腕と、スラリと長く伸びた脚が見える。ああ……感覚でわかる。私はきっと、願った姿の男子高校生になっているのだろうと。私はベッドから飛び降り、鏡の前に立った。

 こ、これが今の私……

 鏡に映っているのは、私が思い描いた通りのイケメンだった。クセの少ないこの顔立ちは、多くの人に好かれるに違いない。鏡の前でポーズを変えては、いろいろな角度から自分自身を見てみる。

 東雲悠真……これは、ヤバいイケメンを作り出してしまった……

 そして、無駄に広い寝室のドアを開けると、広大なリビングルームが現れた。壁面を覆う大きな窓からは、地元の街並みが広がっている。これが、タワーマンションからの眺望なのか……

「すごっ——」

 自分の発した声に驚いて、思わず口を押さえてしまう。今までに体験したことがない、この喉が震える感じ……男の人の低い声って、こんな風に出るんだ。

 その後は我が家のルームツアーから始まり、銀行口座やマイナンバーカードなどをチェックした。どれもこれもが、渋い声のオジサンに伝えたとおりになっている。ちなみに東雲悠真という人間は、本日からこの家に住み始めた設定になっているようだ。

 現在、5月13日の夕方6時。

 私が飛び降りようとした時間が、5月13日の夕方5時過ぎ。時間の感覚でいうと、ルーメア星の彼に命を預けた直後に、東雲悠真として生きていることになる。


***


 翌朝になり、私は学校へ向かうため家を出た。

 昨晩は、高身長の悠真でもラクラクと足が伸ばせるほどのお風呂でくつろぎ、テレビでしか見たことのないようなシャワーを浴びて楽しんだ。ちなみに入浴中は、色んな意味で驚きの連続だったことは言うまでもない。

 マンションのエントランスを抜けると、すぐに駅の改札口が見える。常盤(ときわ)高校の最寄り駅までは、わずか二駅。30分かけて自転車通学していた眞白の時とは大違いだ。わずか5分ほどで高校の最寄り駅に着くと、最新型のスマートフォンでタッチをして改札を出た。

 それにしても……

 さっきから、女性たちの視線が痛い。特に、同じ常盤高校の制服を着ている女子たちは、私を見てヒソヒソと話をしている者もいる。

「ねえねえ、ウチの学校にあんなイケメンいたっけ!? もしかして転校生なのかな!?」

 きっと、そんなことを言っているんだと思う。

 私だって言っていたと思う。

 そんなことを言い合える友達がいたなら。


「お、おはようございます……」

 そんなことを考えていると、トントンと背中をつつかれ声をかけられた。

 ふっ、藤崎(ふじさき)彩奈(あやな)……!! 私が一番苦手だったクラスメイト!!

「と、常盤高校の生徒さんですよね……もしかして、転校生ですか?」

「あ、ああ……そうだけど……」

 彩奈は隣にいた友達の木村(きむら)明日香(あすか)に「ほら、やっぱり!」と笑顔を見せる。

「な、何年生なんですか? わ、私は2年A組なんですけど」

 彩奈は確か、陽キャの彼氏がいたはずだが……彼のことはどうでもいいのだろうか……

「ぐ、偶然だね……わたし……いや、俺も2年A組だよ」

 彩奈は駅の人混みの中にも関わらず、「キャー!」と大声を上げた。


***


 もしかして、イケメンすぎるというのは大変なのだろうか……そこそこのイケメンにしておいた方が、生きやすかったのかもしれない……

 そんなことを思いつつ、職員室で担任の高木先生を待っている。用意が整い次第、一緒に2年A組の教室に向かう予定だ。

「ごめんね東雲くん、お待たせして! そ、それにしても背が高いよね。いくつあるの?」

「確か……186センチだったと思います」

「自分の身長なのに、『確か』だなんて面白いこと言うのね。じゃ、じゃあ、行きましょうか」

 高木先生、緊張してる……? それとも、恋する女子の目で私を見てる? 高木先生は確か、今年で32歳。そっか、そんな事があってもおかしくはないのか……

 そんなことより、あとしばらくで元私(もとわたし)の、桜庭眞白に会うことになる。

 私じゃない、桜庭眞白……一体、どんな感じなんだろうか。
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