無敵なお嬢様はだまっていられない! 〜問題児な執事4人を、私がまとめてプロデュース!?〜
第4章
 旧校舎の、一番奥の階段。
 私は床いっぱいに、ワックスを塗り広げていた。
 もちろん、ただのワックスじゃない。
 夜一くんが教務室で見つけたものを、できるだけ同じ状態で再現したものだ。
 
「レオくん、準備はいい?」

 私はタブレットを構えながら言う。

「ここから階段の下まで――一歩も滑らずに、優雅にティーカップを運びなさい」

 床は、まるで氷みたいにツルツルだ。
 レオくんが一歩踏み出した瞬間、身体がぐらりと傾いた。

 「わっ……!?」
 
 慌てて手すりにつかまる。

「お嬢様、これは少し……度が過ぎないかな?」
「甘いわね」

 私は即答する。

「想定以上の滑りやすさで練習しないと、本番で成功するわけないでしょう?」
「でも――」
「それとも」

 私は腕を組んで言った。
 
「大勢の前で足を滑らせて、無様に転ぶレオくんを見せたいのかしら?」

 レオくんの眉がぴくりと動く。
 
「床で足を滑らせて転ぶなんて、あなたの美学に反するでしょう? ……滑稽な姿で終わるか、伝説を残すか。どちらがいい?」

 私はタブレットを片手に、わざとらしく彼を挑発する。
 美学にこだわるレオくんにとって、これはかなりの刺激になるはず。

「……ふふ。僕が滑ったり、転んだりするわけないでしょ?」

 レオくんは金髪をかき上げる。

「フィギュアスケーターより優雅に、このステージを支配してみせるよ」
 
 うんうん。その自信と単純さ、嫌いじゃないわ。
 
「今の重心! 右に0.5ミリズレてるわ! ……嵐くん、レオくんに風を送って!風さえも味方にするのよ!」
「おう! ……くらえ、この微風!」
 
 嵐くんがレオくんの後ろに回り込み、ふっと風を送る。
 強すぎず、弱すぎない。
 その絶妙な風を受けて、レオくんの体がふわりと流れた。
 次の瞬間――くるり。
 まるでフィギュアスケーターみたいな優雅なターンで、きれいに着地する。

「……ふふ、なるほど」

 レオくんが髪をかき上げて笑う。

「お嬢様の計算通り、風さえも味方につけるってわけだ」
「そうよ!」

 私はすぐ次の指示を出す。

「朔、次はマダム役。レオくんが歩いてるときに、耳元で毒舌をささやいて。集中力を乱すのよ!」

朔がレオくんの横に並ぶ。

「レオ。今日のネクタイ、ちょっとセンス古くない?」
 
 淡々とした声。
 でも、確実に心に刺さる嫌味だ。
 すると、さっきまで優雅に歩いていたレオくんの足元が、一瞬だけぐらりと揺れた。

「……そ、そうかな? これは僕が一番気に入ってるシルクの――」
「ストップ!」

 私はすぐに声を上げる。

「今のは否定。データ的に見て、最悪の返しよ。そして動揺しちゃってる」
 
 レオくんは滑る床の上で必死にバランスを取りながら、悔しそうに眉を寄せた。
 
「……だって、お嬢様。センスを否定されるのは、僕の美学が許さないんだ。つい言い返したくなって……」
「そこが罠なのよ」

 私はタブレットを操作する。

「毒舌マダムの狙いは、あなたのプライドを刺激して歩きを乱すこと。正面から反論しちゃダメ」

 レオくんを見る。

「相手の言葉を全部受け止めて――それ以上の輝きで返すのよ」

 私はタブレットの画面を見せた。
 そこには、マダムの口癖や好みの分析データが並んでいる。

「この人はね、自分を立ててくれる相手に弱いの。だから否定されたら、逆に言うの」

 私は指で画面を指す。

「あなたを思ってこれを選びましたって」
「……なるほど」
「特別感を演出するのよ。さあ、リトライ!」

 レオくんは深く息を吐いた。
 そして瞳の奥に、きらりとプロの光が宿る。

「……もう一回頼むよ、朔」
「りょーかい」

 朔が同じ嫌味を投げる。

「レオ、そのネクタイ古臭くて見てられないんだけど」

 でも――今度のレオくんは、まったく動じなかった。
 滑る床の上で、完璧な微笑みを浮かべる。

「ご指摘ありがとうございます。確かにこれは伝統的な柄です。でも――」

 優雅に一歩前に踏み出し、流し目で一礼する。

「今日、誰よりも鋭い審美眼を持つあなたとお会いするからこそ。敬意をこめて、このクラシックを選んだんですよ」

 一瞬、毒舌役の朔まで、言葉を詰まらせた。

 ――完璧!
 物理的な転倒リスクと、精神的なノイズ。
 両方を同時に処理している。

「いいわ、レオくん! その調子!」

 私は声を上げる。

「本番ではマダムだけじゃないわ。会場の令嬢みんなをメロメロにしてしまいなさい!」

「……了解だよ、お嬢様」

 レオくんが優雅に振り返る。

「僕のパフォーマンス、最高の完成度で披露してあげる」

 最後にキメのポーズ。
 その瞬間、床のワックスが光を反射して――まるでレオくんのためのレッドカーペットみたいに輝いた。

 よし。椿さんの罠は、これで完全に私たちのデータに組み込まれたわ!
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