失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜
エステル2
緑の楽園と称される、ルヴァイン王国。
もともとは深い森だった土地を拓いて興った国は、広い土地と豊かな土壌のおかげで農業立国として名高い。豊富な水源を活かした水路による物流も盛んだ。労働力となる他国からの移民を積極的に受け入れる施策により混血が進み、肌や髪、瞳の色、文化までもが様々な、異国情緒あふれる豊かな国。
そんなルヴァイン王国には現在、二人の姫がいる。
姉姫であるソフィアは、王子のいないこの国で王太女として立っており、未来の女王となることが決まっている。黄金色の髪にルビーのような瞳、麗しい美貌と気品もさることながら、学者たちをも唸らせる知性と教養にまで恵まれた様は、まさしく王太女としての素質に優れた賢姫として名高い。
対する妹姫のエステルは、明るくて活発な姫君だ。父王譲りの深緑の髪に琥珀色の瞳がくるくるとよく動く様は、リスのようで愛くるしいともっぱらの評判だった。幼き頃よりままごとよりも木登りが好きというお転婆ぶりで、物心ついた頃にはすでに剣と馬が相棒だった。年頃になってもドレスや化粧には見向きもせず、未来の女王である姉姫の剣になるのだと、騎士団の訓練に交ざって毎日汗だくになる始末。娘・妹かわいさに、国王夫妻も姉太女も見て見ぬふりどころか、いそいそと見学にまで出向く始末。
「エステルが男だったらなぁ」
父王が幾度となくぼやいた台詞は、微笑ましい悩みとして王宮内では語り草だ。
「あら、お父様。私が男だったら男子優先の我が王家で、この私が王太子ってことよ? すなわち私が王になるってことでしょう? そんな未来想像できる?」
「う、ううむ……」
学問は必要最低限、政治や外交といった腹の探り合いは大の苦手、得意は剣術と馬術。そんな者が上に立つ国など、危なっかしくてしょうがない。
「やっぱりこの国はソフィアお姉様でないとダメなのよ。私が男に生まれてこなくて大正解」
「まぁ、うちのニの姫はなんてことを言うのかしら。エステルはやればできる子なのに」
「お母様の言うとおりよ。あなただってきちんとわきまえた上で学べば、きっと立派な女王になれるはずだわ」
「お母様もお姉様は幻想がすぎるわ」
王族だというのに自分の家族は娘贔屓・妹贔屓が過ぎる。家族に愛されていることは純粋に嬉しいが、何事にも適材適所はあると自覚する程度の頭脳はあるのだ。
ルヴァインの至高姫——それがエステルの姉ソフィアの二つ名だ。次期女王の座が確約されている姉姫を射止めようと、各国の王族や高位貴族から持ち込まれる釣書と絵姿はひきを切らず、今ではそれを処理する専用の係まで設けられているほど。対してルヴァインのお転婆姫と名高い自分にはただの一件も舞い込まない縁談話。この時点でもどちらが未来の女王にふさわしいかがわかるというものだ。
申し込みが後をたたない姉姫ソフィアは、王太女という立場からも早めの婚約、結婚が望まれていた。ソフィア自身もそれを理解しているし、あの山のように積まれた釣書の中からたった一人を選ぶだけでいい。結婚は後となるにしても、せめて婚約だけでもと望む声は国内でも大きかった。
けれど姉ソフィアは、その美しい顔を凛と上げて、議会でも堂々と宣言した。
「私は未来の女王としてまだまだ学ばねばならないことがたくさんあります。それを疎かにした状態で王配を選ぶつもりはありません」
幼き頃から神童と名高かったソフィアは、十三の年からもう議会に出席をしていた。国内の最高学府である王立大学に飛び級で入学したのも同じ頃だ。ちなみに未来の女王としての帝王学は十二歳までに修めている。両親である国王夫妻も、年若いソフィアにあまりに多くの無理をさせたくないと彼女の発言を支持していたため、姉姫のお相手が決まるのは少なくとも大学を卒業する十七歳を過ぎてからのことになるだろうと、誰もが思っていた。
国の中枢からの王配決定の圧力が一時的にせよなくなったことで、ソフィアが密かに安堵していたことを、エステルは知っている。
なぜなら姉ソフィアには密かに思いを寄せる相手がいた。そして相手もまた、ソフィアのことを敬愛し、叶うならその手を取れる立場になりたいと強く望んでいることも、エステルはよく知っていた。
誰よりも姉と彼の近くにいた自分だから気づけた事実は、エステルがいつも姉の乳兄弟という目線以外で彼のことを追いかけていたからこそ、気づけた真実でもあった。
もともとは深い森だった土地を拓いて興った国は、広い土地と豊かな土壌のおかげで農業立国として名高い。豊富な水源を活かした水路による物流も盛んだ。労働力となる他国からの移民を積極的に受け入れる施策により混血が進み、肌や髪、瞳の色、文化までもが様々な、異国情緒あふれる豊かな国。
そんなルヴァイン王国には現在、二人の姫がいる。
姉姫であるソフィアは、王子のいないこの国で王太女として立っており、未来の女王となることが決まっている。黄金色の髪にルビーのような瞳、麗しい美貌と気品もさることながら、学者たちをも唸らせる知性と教養にまで恵まれた様は、まさしく王太女としての素質に優れた賢姫として名高い。
対する妹姫のエステルは、明るくて活発な姫君だ。父王譲りの深緑の髪に琥珀色の瞳がくるくるとよく動く様は、リスのようで愛くるしいともっぱらの評判だった。幼き頃よりままごとよりも木登りが好きというお転婆ぶりで、物心ついた頃にはすでに剣と馬が相棒だった。年頃になってもドレスや化粧には見向きもせず、未来の女王である姉姫の剣になるのだと、騎士団の訓練に交ざって毎日汗だくになる始末。娘・妹かわいさに、国王夫妻も姉太女も見て見ぬふりどころか、いそいそと見学にまで出向く始末。
「エステルが男だったらなぁ」
父王が幾度となくぼやいた台詞は、微笑ましい悩みとして王宮内では語り草だ。
「あら、お父様。私が男だったら男子優先の我が王家で、この私が王太子ってことよ? すなわち私が王になるってことでしょう? そんな未来想像できる?」
「う、ううむ……」
学問は必要最低限、政治や外交といった腹の探り合いは大の苦手、得意は剣術と馬術。そんな者が上に立つ国など、危なっかしくてしょうがない。
「やっぱりこの国はソフィアお姉様でないとダメなのよ。私が男に生まれてこなくて大正解」
「まぁ、うちのニの姫はなんてことを言うのかしら。エステルはやればできる子なのに」
「お母様の言うとおりよ。あなただってきちんとわきまえた上で学べば、きっと立派な女王になれるはずだわ」
「お母様もお姉様は幻想がすぎるわ」
王族だというのに自分の家族は娘贔屓・妹贔屓が過ぎる。家族に愛されていることは純粋に嬉しいが、何事にも適材適所はあると自覚する程度の頭脳はあるのだ。
ルヴァインの至高姫——それがエステルの姉ソフィアの二つ名だ。次期女王の座が確約されている姉姫を射止めようと、各国の王族や高位貴族から持ち込まれる釣書と絵姿はひきを切らず、今ではそれを処理する専用の係まで設けられているほど。対してルヴァインのお転婆姫と名高い自分にはただの一件も舞い込まない縁談話。この時点でもどちらが未来の女王にふさわしいかがわかるというものだ。
申し込みが後をたたない姉姫ソフィアは、王太女という立場からも早めの婚約、結婚が望まれていた。ソフィア自身もそれを理解しているし、あの山のように積まれた釣書の中からたった一人を選ぶだけでいい。結婚は後となるにしても、せめて婚約だけでもと望む声は国内でも大きかった。
けれど姉ソフィアは、その美しい顔を凛と上げて、議会でも堂々と宣言した。
「私は未来の女王としてまだまだ学ばねばならないことがたくさんあります。それを疎かにした状態で王配を選ぶつもりはありません」
幼き頃から神童と名高かったソフィアは、十三の年からもう議会に出席をしていた。国内の最高学府である王立大学に飛び級で入学したのも同じ頃だ。ちなみに未来の女王としての帝王学は十二歳までに修めている。両親である国王夫妻も、年若いソフィアにあまりに多くの無理をさせたくないと彼女の発言を支持していたため、姉姫のお相手が決まるのは少なくとも大学を卒業する十七歳を過ぎてからのことになるだろうと、誰もが思っていた。
国の中枢からの王配決定の圧力が一時的にせよなくなったことで、ソフィアが密かに安堵していたことを、エステルは知っている。
なぜなら姉ソフィアには密かに思いを寄せる相手がいた。そして相手もまた、ソフィアのことを敬愛し、叶うならその手を取れる立場になりたいと強く望んでいることも、エステルはよく知っていた。
誰よりも姉と彼の近くにいた自分だから気づけた事実は、エステルがいつも姉の乳兄弟という目線以外で彼のことを追いかけていたからこそ、気づけた真実でもあった。