失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜
ユリウス14
自分を見るソフィア王女の目は実に心地がいいと、満足しながらユリウスは愛しい女性と向かい合う。誰にでも見せる完璧な王太女の姿はすっかり鳴りをひそめ、自分を見返す視線に疑り深く何かを探るような色がある。カーク・ダンフィルに向けていたような簡単に押し込められる浅いものではない、取り繕うことさえ忘れた、彼女の紛うことなき本心。
そしてそこにあるのは恐怖ではない。十年の思いが暴走してやり過ぎた感は否めないが、婚約者としての初対面の挨拶に微塵の後悔もないユリウスは、ただ微笑んで手を差し出した。呼吸を早めて、ルビーの瞳を揺らして、それでも自分のエスコートを受けて、歩く間にもちらちらとこちらを見上げる様に、気づかない振りをしながら笑みを深める。
この婚約が破棄されることはもうない。自分が彼女の夫となることは明らかだ。
だが、彼女が恋のひとつも知らないまま生きていくなど、彼女の幸福も願う自分としては到底受け入れられなかった。ユリウスが這わせた細くしなやかな蔦に絡め取られた彼女に、「ここにいたい」と、そう思わせたい。
だがその前に。
「この十年間のことをお話しさせてください」
彼女を得る対価には足りないが、己のすべてを捧げるつもりで、ユリウスは十年前の顛末を語った。さすがのソフィアも、あの伯爵家取り潰し事件の数百名にものぼる被害者たちの、その後のすべてを把握してはいなかった。
「納税の遅延申請と併せて税務管理官の派遣の要請も行なったのですが、それに先立って、気鬱の病で静養中だった兄に手紙を出しました。私がいない間のランバート家を取り仕切ってほしいと頼んだのです」
当時家には妹のローラひとりが残されていた。派遣されてくる管理官の年齢はわからないが、男性と十四歳の未婚の娘とを二人きりで過ごさせるのはあまりに外聞が悪い。
後継がユリウスに変更となって以降、兄とは一切の会話を交わしておらず、閉じこもった彼と顔すら合わせていなかった。兄からすれば自分は己が持っていたものを奪った憎い弟だ。体調を崩してもいる中、受け入れてもらえる自信はなかったが、とにかく頼むだけ頼んでみようと、療養先に手紙を出した。
そして兄は——ユリウスの要請を受け、自宅に戻ってくれた。ただしユリウス宛に届いた返信には「わかった」との一言しか書かれておらず、兄の胸中を完全に察することはできなかった。
「今思えば兄が諾の返事をくれたときに、会いに戻るべきでした。お飾りではあっても私が当主だったのですから。ですが……私も怖かったのです」
面と向かって会えば恨みをぶつけられるのではないか。そう思えば故郷に戻る足も鈍ってしまった。
そんな状況で、再び兄と対面するのにさらに二年の月日を要することになった。
そしてそこにあるのは恐怖ではない。十年の思いが暴走してやり過ぎた感は否めないが、婚約者としての初対面の挨拶に微塵の後悔もないユリウスは、ただ微笑んで手を差し出した。呼吸を早めて、ルビーの瞳を揺らして、それでも自分のエスコートを受けて、歩く間にもちらちらとこちらを見上げる様に、気づかない振りをしながら笑みを深める。
この婚約が破棄されることはもうない。自分が彼女の夫となることは明らかだ。
だが、彼女が恋のひとつも知らないまま生きていくなど、彼女の幸福も願う自分としては到底受け入れられなかった。ユリウスが這わせた細くしなやかな蔦に絡め取られた彼女に、「ここにいたい」と、そう思わせたい。
だがその前に。
「この十年間のことをお話しさせてください」
彼女を得る対価には足りないが、己のすべてを捧げるつもりで、ユリウスは十年前の顛末を語った。さすがのソフィアも、あの伯爵家取り潰し事件の数百名にものぼる被害者たちの、その後のすべてを把握してはいなかった。
「納税の遅延申請と併せて税務管理官の派遣の要請も行なったのですが、それに先立って、気鬱の病で静養中だった兄に手紙を出しました。私がいない間のランバート家を取り仕切ってほしいと頼んだのです」
当時家には妹のローラひとりが残されていた。派遣されてくる管理官の年齢はわからないが、男性と十四歳の未婚の娘とを二人きりで過ごさせるのはあまりに外聞が悪い。
後継がユリウスに変更となって以降、兄とは一切の会話を交わしておらず、閉じこもった彼と顔すら合わせていなかった。兄からすれば自分は己が持っていたものを奪った憎い弟だ。体調を崩してもいる中、受け入れてもらえる自信はなかったが、とにかく頼むだけ頼んでみようと、療養先に手紙を出した。
そして兄は——ユリウスの要請を受け、自宅に戻ってくれた。ただしユリウス宛に届いた返信には「わかった」との一言しか書かれておらず、兄の胸中を完全に察することはできなかった。
「今思えば兄が諾の返事をくれたときに、会いに戻るべきでした。お飾りではあっても私が当主だったのですから。ですが……私も怖かったのです」
面と向かって会えば恨みをぶつけられるのではないか。そう思えば故郷に戻る足も鈍ってしまった。
そんな状況で、再び兄と対面するのにさらに二年の月日を要することになった。