失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜
エステル5
カークはエステルの初恋の人だ。
彼は姉ソフィアの乳兄弟として、いつもエステルたち姉妹の傍にいてくれた。エステルにも女の子の乳兄弟がいたのだが、三つのときに重い病を得てしまい、乳母とともに宿下がりをしたまま儚くなって、それっきりとなった。カークの母親であるダンフィル子爵夫人は、乳母の任が解かれた後も姉の侍女としてそのまま王宮に残っていたため、エステルにとってはソフィアとカークが遊び相手だった。
ルヴァイン王国の王位は男子優先だが、男子がいない場合に限って女子でも国王の座に就くことができる。母である王妃はエステルを産んだ後体調を崩し、これ以上の子は見込めないと医師から診断を受けていた。そのため長女のソフィアは王太女としての教育が始まっており、エステルとはレベルが一味も二味も違う勉強をしていたため、一緒に遊ぶ時間はそう簡単には取れなかった。子どもがほとんどいない王宮で、もっぱらエステルの相手をしてくれたのは姉ではなくカークの方だ。
三つ年上の男の子であるカークをエステルが真似てしまったのか、それとも生まれたときから活発だったエステルの素地のためだったのかは不明だが、二人は室内で遊ぶよりも庭を駆け回ることを好んだ。外で遊びすぎた功名か、エステルが五歳のときには広い王城の庭の見取り図がすべて頭に入っていた。
「カーク、今日は東の宮殿の中庭に行こう! 藤棚があるところよ」
「いいよ、エステル。でも走りすぎて転ばないでよね。あとで俺が母さんに叱られるんだから」
「そんな間抜けなことしないもん」
「嘘つけ。三日前に膝を擦りむいたの誰だよ」
「それは……っ。でも、カークが怒られたらかわいそうだから黙ってたのに、告げ口したのはカークじゃん」
「当たり前だろう? エステルは王女様じゃないか。怪我したまま放っておけるわけないだろう」
「でも、あんなの唾つけとけば治るって、いつも言ってるじゃない」
「俺は男だからいいんだよ。エステルはそんなでも一応女の子だろう」
「一応じゃなくても女の子だもん」
「じゃぁそれらしく振る舞いなよ。ソフィア様みたいに」
あの頃、カークは周囲に大人がいない場所ではエステルのことを呼び捨てにし、気安く話しかけてくれていた。けれどソフィアに対してはいつどんな場所でも敬語を崩さなかった。
「ソフィアお姉様は王太女だけど、私は普通の姫だからいいの!」
「普通の姫ってなんだよ。普通じゃない姫なんていないぞ」
「もう! カークってばうるさい! 先行くよ」
「あっ! 待てよ、エステルっ! 急に走るなって言っただろう!」
あの頃、ソフィアに対しては丁寧に接していたカークが、エステルの前では普通の友達のように振る舞ってくれることが嬉しかった。姉でなく自分が彼の特別になれたようで。
それがエステルの最大の勘違いと気づくのは、しばらく後のことになる——。
彼は姉ソフィアの乳兄弟として、いつもエステルたち姉妹の傍にいてくれた。エステルにも女の子の乳兄弟がいたのだが、三つのときに重い病を得てしまい、乳母とともに宿下がりをしたまま儚くなって、それっきりとなった。カークの母親であるダンフィル子爵夫人は、乳母の任が解かれた後も姉の侍女としてそのまま王宮に残っていたため、エステルにとってはソフィアとカークが遊び相手だった。
ルヴァイン王国の王位は男子優先だが、男子がいない場合に限って女子でも国王の座に就くことができる。母である王妃はエステルを産んだ後体調を崩し、これ以上の子は見込めないと医師から診断を受けていた。そのため長女のソフィアは王太女としての教育が始まっており、エステルとはレベルが一味も二味も違う勉強をしていたため、一緒に遊ぶ時間はそう簡単には取れなかった。子どもがほとんどいない王宮で、もっぱらエステルの相手をしてくれたのは姉ではなくカークの方だ。
三つ年上の男の子であるカークをエステルが真似てしまったのか、それとも生まれたときから活発だったエステルの素地のためだったのかは不明だが、二人は室内で遊ぶよりも庭を駆け回ることを好んだ。外で遊びすぎた功名か、エステルが五歳のときには広い王城の庭の見取り図がすべて頭に入っていた。
「カーク、今日は東の宮殿の中庭に行こう! 藤棚があるところよ」
「いいよ、エステル。でも走りすぎて転ばないでよね。あとで俺が母さんに叱られるんだから」
「そんな間抜けなことしないもん」
「嘘つけ。三日前に膝を擦りむいたの誰だよ」
「それは……っ。でも、カークが怒られたらかわいそうだから黙ってたのに、告げ口したのはカークじゃん」
「当たり前だろう? エステルは王女様じゃないか。怪我したまま放っておけるわけないだろう」
「でも、あんなの唾つけとけば治るって、いつも言ってるじゃない」
「俺は男だからいいんだよ。エステルはそんなでも一応女の子だろう」
「一応じゃなくても女の子だもん」
「じゃぁそれらしく振る舞いなよ。ソフィア様みたいに」
あの頃、カークは周囲に大人がいない場所ではエステルのことを呼び捨てにし、気安く話しかけてくれていた。けれどソフィアに対してはいつどんな場所でも敬語を崩さなかった。
「ソフィアお姉様は王太女だけど、私は普通の姫だからいいの!」
「普通の姫ってなんだよ。普通じゃない姫なんていないぞ」
「もう! カークってばうるさい! 先行くよ」
「あっ! 待てよ、エステルっ! 急に走るなって言っただろう!」
あの頃、ソフィアに対しては丁寧に接していたカークが、エステルの前では普通の友達のように振る舞ってくれることが嬉しかった。姉でなく自分が彼の特別になれたようで。
それがエステルの最大の勘違いと気づくのは、しばらく後のことになる——。