英雄の妻に転生しましたが、離縁されるようです ~旦那様、悪妻の私を愛さないでください~
「いい匂いがするぜ……たまらねぇ」

 下卑た顔が目前に迫り、必死で顔を背けた。するとそのまま首筋に吸いつかれて、ゾッと怖気が走る。このまま暴漢に犯されるくらいなら、死んだほうがましかもしれない。

(ルシウス様……ごめんなさい)

 恐怖に悲しみ、悔しさ――心の中がぐちゃぐちゃになって、涙が滲んできた。
 抵抗する気力が失せていく。心が絶望に占められたそのとき、

「――ふぐっ!?」

 首が絞まったような声がして、目の前にあった男の顔が遠のいた。

 急に明るくなった視界に飛び込んできたのは、助けを求めて思い描いていたその人、ルシウス様だ。暴漢の襟首を掴んでうしろに引き倒した彼は、切羽詰まった表情を浮かべ、こちらを見下ろしている。
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