出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました

十二話〜剣術大会〜







「剣術大会ですか?」

 最近、第一印象が無愛想だったセドリックの護衛騎士のブライスと、ひょんな事から話すようになった。
 初めて屋敷を訪れた時、執務室の前で佇む彼を見た時は威圧感が凄かった。まああの時は、どう見ても不審人物にしか見えなかったので仕方がないだろう。
 雑談をするようになった今も強面は健在であり笑う姿は見た事はないが、存外話し易い。
 それはきっと裏表を感じさせないからかも知れない。

 社交界では皆、腹の探り合いばかりで気が滅入ってしまう。誰もが和かに微笑んでいるが、本当は誰一人心の中では笑ってなどいない。どうやって他者を蹴落とすか、利用するかと考える者達ばかりだった。
 また使用人達は、主人の顔色ばかりを伺い媚び諂う者ばかりで、それはそれで気疲れをした。

 それにくらべてブライスやこの屋敷の人達は皆、立場を弁えながらも確りと自分の意志があり主張する。
 セドリックの事は接する機会が少ないのでまだよく分からないが、それでもこれまで見てきた貴族達とは違うと感じている。上手く言えないが、人間味があるように思う。

「毎年、城下にある闘技場で開かれている。一般参加も可能で、多くの見物客も訪れるんだ」

「ブライスさんも参加されるのですか?」

「いや、私は任務がある。それに主人を差し置いて参加など出来ない」

「セドリック様も剣の心得があるのですか?」

「無論だ。騎士団で隊長の任に就かれている」

「セドリック様が隊長ですか?」

「ああ、そうだ。私など足元にも及ばない。かなり腕が立つ。だがこれまで一度たりとも大会に参加された事はない、残念だがな」

 主人を立てているのかそれとも本心かは分からないが、とにかく意外だった。
 騎士と聞けば、今目の前にいるブライスのように筋骨逞しい人を想像してしまう。実際、ジュリアスやエヴェリーナの護衛騎士達は皆そうだった。

 だがセドリックは見る限り線が細く、部屋に篭って仕事をしているイメージなので、身体を動かすなど縁遠いと思っていた。だが以外にも騎士団に所属しており、更には隊長だと聞かされ驚いた。

「それは残念ですね。私もセドリック様の勇姿を拝見させて頂きたかったです」

「まあ、その内機会があるだろう」

 実はエヴェリーナも、剣術まではいかないが護身術の心得がある。いざという時に役に立つと考えて、昔護衛騎士から指導して貰ったのだ。お世辞ではあるが、護衛騎士からは筋が良いと褒められ、齧る程度に剣術も教わった。なので、ブライスがセドリックを絶賛するのを聞いてかなり興味が湧いた。セドリックが剣を振るう姿を見てみたいと思ったので、建前などではなく本心から残念に思う。



 それから暫くして、剣術大会当日を迎えた。
 エヴェリーナは、外出着に着替え髪が目立たないようにマントを羽織ると馬車に乗り込んだ。

「まさかセドリック様が出場なさるとは、驚きました。これまで興味ないと突っぱねていらしたのに」

 馬車に揺られながら、向かい側に座るソロモンは少し興奮した様子で話す。

「それにしてもソロモンさん、本当に私まで観覧に行っても宜しかったのでしょうか」

 闘技場の観覧客は殆どが貴族だという。
 理由は単純で、席料が高額だからだ。
 皇帝を始めとする王族も観覧にくるらしいので、恐らく警備などに莫大なお金がかかるのだろうと思われる。それにある程度裕福ならば、不品行な者も少ない筈で大会の品位も保たれるといった所かも知れない。
 
「勿論ですよ! セドリック様の許可も頂いています。セドリック様の勇姿を、一緒に見届けましょう!」
 
「ふふ、はい」

 ローエンシュタイン帝国には剣術大会といった催し物はないので、ソロモンのように表面には出さないが、エヴェリーナも初めての事に期待に胸をふくらませていた。
 新たな経験や知識を得る時は、いつも高揚感に包まれる。今の心境は、初めて読む本の次のページを捲る時の胸の高鳴りとよく似ていた。





 



 
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