出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました
二十六話〜買い出し〜
馬車は往来の少し手前で止まった。
ここから先は徒歩で行く。
馬車で店まで行く事は可能だが、小回りが効かないので往来を行き来するのは時間がかかる。それなら歩いた方が早い。
今日は大きな物を購入する予定もないので問題はないだろう。
エヴェリーナは馬車を降りると、すかさずマントを被った。
すると先に降りて待っていたイアンが不思議そうにこちらを見る。
「なんで、マントなんか被ってるっすか?」
「髪が目立つので」
「でもせっかく綺麗なんすから、隠したらもったいないっすよ」
「ありがとうございます。ですが以前歩いていた時に、視線が気になったもので……」
「多分すけど、それ髪というよりリズちゃんを見てたんだと思うっす」
「私をですか?」
「だって、こんな美人が歩いてたら誰だって見るに決まってるっす。だから髪の色なんて気にする必要ないっすよ」
「……」
「どうしたっすか?」
何となしに褒めたであろうイアンからは言葉以上のものは何も感じられなかった。恐らく本心なのだろう。
イアンはエヴェリーナが西大陸から来た事は知らない。だがこの髪を見れば分かっている筈だ。
それなのにまるで気にした素振りがない所か手放しで褒めてくれる。
彼もソロモンも屋敷の人達やセドリックも、それにマイラやロニーも皆真っ直ぐで温かい人ばかりだ。
時々それがむず痒く、エヴェリーナはまだ少し慣れない。
「いえ、何でもありません。イアンさんに褒めて頂いて恐縮ですが、やはり目立つのは余り好きではないので今日はこのままにします」
「そうっすか〜残念っすね」
イアンはニッと歯を見せ屈託のない笑顔を浮かべた。
「お二人共、何しているんですか? 早くして下さい。通行の邪魔になってしまいますよ」
少し先まで歩いていたソロモンは立ち止まり振り返ると、手を振りエヴェリーナ達を呼んだ。
周りを見れば往来の手前とはいえ、確かにそれなりの通行量はある。
エヴェリーナとイアンは、少し早足でソロモンの後を追いかけた。
エヴェリーナ達は往来に建ち並ぶ店や露店に目を向け、時折り会話をしながら歩みを進める。
人通りが多いので、逸れないように二人について行く。
初めてきた時と変わらず、活気がありとても賑やかだ。
こうして街を歩いていると、マイラやロニーの事を思い出す。
実はこの前の休日に、二人に会いに行って来た。その際に、エヴェリーナお手製のアップルパイを持参したのだが、マイラもロニーもとても喜んでくれた。
『元気でやってるみたいで安心したよ』
そう言ってマイラは笑い、ロニーの頭を撫でるようにエヴェリーナの頭を撫でてくれた。
(お二人共、お元気そうで良かったです)
思い出すとつい頬が緩んでしまう。
「リズさん、文具店ありましたよ」
ソロモンの声に我に返ると、いつの間にか目的の場所の一つである文具専門店の前に来てきた。
「リズちゃん、これなんかどうっすか?」
「あ、リズさん。こちら良いと思いませんか?」
セドリック用のペンを吟味していると、二人は入れ替わり立ち替わり様々な物を手にしては持ってくる。
ハサミ、定規、方位磁針、栞……何故か置物まであった。
その様子に、失礼ではあるが脳裏に犬の姿が浮かぶ。
二人共にエヴェリーナよりも年は上だが、可愛いと思ってしまった。
その後はお茶専門店に本屋、雑貨屋など次々に回り目的の物を購入して買い出しは終了した。
イアンは一人、城の前で馬車を降りた。
「本日は、お付き合い頂きありがとうございました」
「いや、全然問題ないっすよ。リズちゃん、今度は一緒にお茶でも行こうっす! ソロモンもお疲れっす!」
「イアンさん、それデートの誘いじゃ……」
ソロモンが何やら呟いている中、イアンは颯爽と去って行った。
「お帰りなさいませ」
屋敷へ入ると、ジルやミラが待っていたように出迎えてくれた。
「ただいま戻りました。遅くなり申し訳ありません」
本来ならば昼過ぎには屋敷に戻る予定だったが大分遅くなってしまい、今はもう夕刻だ。
「ふふ、良いのよ。それよりどう? 少しは楽しめたかしら」
「はい。予定していたよりも、少し買い過ぎてしまいましたが……」
ソロモンとイアンに付き合って貰い買い物をしている内に、あれこれと目に止まりつい衝動買いをしてしまった。
呆れられてしまうかもと、今更ながらに少し心配になってきた。
「では早速、リズさんの本日の成果をお披露目して頂きましょうか」
そんなエヴェリーナの心情を知ってか知らぬか、ジルからの提案で購入した物は全て応接間へと運び入れられお披露目をする事となった。