出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました

四十九話〜収束〜




「言っておくが、どの孤児院も、地下を含めた建物から敷地内全てひっくり返して調べ尽くしている。だが飴以外の薬物は見つかっていない。それに今回の捜索に兵士や騎士を何百人と動員しているんだ。いくらお嬢ちゃんが有能だろうと、ないものを見つけ出すのは不可能だろう」

 挑発するように言い捨てるザッカリーを他所にエヴェリーナは山積みになった物の中から、先程気になったある物を掴んだ。
 そしてそれをセドリックやザッカリーへと差し出して見せた。

「……蝋燭がどうしたというんだ」

 二人共に訝しげな表情を浮かべる。

「こちらを半分に斬って頂く事は可能でしょうか?」

 長さ十五センチ程の少し太さのある至って普通の蝋燭だ。

 セドリックが剣を抜こうとするが、その前に素早くザッカリーが剣を抜いた。
 するとセドリックは少し不満気な顔をする。

「俺が斬ろう。その毛布の上に置いてくれ」

 床が石畳になっているので、直接床に置くと衝撃で剣が傷付くのだろう。
 エヴェリーナは言われた通り、毛布の上に蝋燭を置くと距離を取った。

 ザッカリーは集中をして剣を構える。そして軽やかに重圧のある剣を振り下ろす。
 彼の剣は体格に合わせて作られているようで、一般的のものよりも大きく重圧を感じる。それを軽々と振り下ろす光景に息を呑んだ。

「これは……」

「何故分かった?」

 真っ二つに斬られた蝋燭の中からは白い粉が溢れ出た。
 
「中には隙間なく薬物が詰められているようですが、作業する人間によってばらつきがあるようです」

 そう説明をしながらエヴェリーナは、また別の蝋燭を手にして見せた。

「こちらの蝋燭は違いますが、今斬った蝋燭を手にした時、隙間があったのか僅かに中で何かが動く感覚がしました。また蝋燭の大きさに対して重さが少し軽いようにも思えました。ですので、もしかしたらこの中に薬物が隠されているのではないかと思ったんです」

 運び屋はバレないようにと様々な方法を使う。
 検問が緩い場所だと、小麦や粉類の麻袋に薬物を詰めただけで通過出来る事もある。一番簡単で大量に運ぶ事が出来るが大胆故にリスクが高い。
 他には木箱が二重底になっており、上に別の物を詰め下に薬物を詰める方法もある。知る限りこれが一番多い手法だ。
 流石に蝋燭の中身を削り取り、中に薬物を詰める方法は初めてだ。
 随分と手が込んでいて、日陰者と呼ばれる人間だけで動いているとは到底思えない。ただ何の確証もないので、今はそれは伏せておく。

「なるほど、これなら検問でも分からない筈だ。だがそれなら何故、わざわざ薬物入りの飴を作っていたんだ」

「私の推測では、飴は補う役目なのだと考えています。セドリック様からのお話では、最近になり取り締まりを厳しくしたと伺いました。その為、運搬方法をより厳密に分かり辛くする必要があり、蝋燭に隠すようにしたのでしょう。ただこれまでよりも運べる量が減り、それに伴い利益も下がり少しでも取り戻そうと考えたのではないでしょうか。子供達に運ばせれば仲介料も掛からないですし、また飴にする事で若い貴族、特に令嬢達には人気があったのかも知れません。なにしろ蝋燭より飴の方がお洒落ですから」

 最後の言葉は少し皮肉混じりになってしまった。
 ただ貴族の令嬢達が、流行り物や見た目を重視する傾向が強いのは事実だ。

「はぁ……」

 ザッカリーは大きなため息を吐き、頭を掻きむしる。
 その奇妙な行動に、何か失言でもしてしまっただろうかと心配になる。

「これは完敗だな。確かに頭のキレるお嬢ちゃんだ。しかも随分な物知りだ。まあ色々とその情報源は気にはなるが、今回は探し出してくれた事に感謝して大人しく引き下がろう。お嬢ちゃん、礼を言う。ありがとう。ただ疑念が消えた訳じゃない事だけは覚えておいてくれ。それとセドリックも女に現を抜かして我を忘れる事だけはするな」


 その後、ザッカリーの指示の元地下室に保管されていた大量の蝋燭は全て回収された。
 またそれと同時に、捜査中の他の孤児院へ伝令を走らせこの事実を伝えた。


「リズ、ありがとう。今日は屋敷に戻ったら、ゆっくり休んで。僕はこれから城に行かなくちゃいけないから。後、多分帰りは遅くなる」

「承知致しました、ジルさんにお伝え致します」

 役目を終えたエヴェリーナは、馬車に乗り帰路に着いた。

 その日、やはりセドリックは夜遅く屋敷に戻って来た。大分疲れていたらしく、彼は倒れるようにベッドで眠りに就いた。

 そしてその数日後、エヴェリーナはセドリックに呼ばれ執務室にきていた。

「まだ後始末はあるけど、騎士団はこの件からは撤退したよ。各孤児院に保管されていた蝋燭は全て押収出来たし、後はどこまで本元に近付けるかだけど、ここから先は兄上の仕事だから。取り敢えずラルエット内での横行は食い止められて良かった。これもリズがいてくれたお陰だ。本当に感謝している」

「僅かばかりでもお力になれたのなら良かったです」

 今回捕縛されたのはアジトを管理していた密売人や運び屋、薬物を購入していた貴族達だ。
 本命である薬物を押収し一見すると解決したように思えるが、あくまでもラルエット内での話に過ぎない。
 セドリックが言ったように本元所謂製造元が特定出来ない限り、これからも同じような事が繰り返される。恐らくその本元は国外だと考えられ突き止めるのは難しい。
 ただ今回一件は牽制する意味でも大きな成果を上げたといえるだろう。

「リズは本当、謙虚だね。ザッカリーからあんな風に言われたんだから、もっと自慢げにしてもいいのにさ。……ごめん、嫌な思いをさせてしまったね」

「セドリック様……」

 先日のザッカリーからの言葉を思い出した様子で顔を歪ませる彼を見てそれが本心だと分かった。
 
「私は大丈夫です。こう見えて神経が太いので気にしていません。それに、ザッカリー様が懸念されるお気持ちは理解出来ますから。寧ろ私はセドリック様が心配です」

「え、なんで僕?」

「私のような得体の知れぬ者を易々と側に置かれて、更にはその者の言葉に耳を傾けるなど危険極まりありません」

「それ、自分で言っちゃうんだ」

「セドリック様が余りにも警戒心がないからです」

 ワザとため息を吐いて見せると彼と目が合い、その瞬間互いに笑ってしまった。
 本当はこんな軽口を言い合える立場ではないが、どうしてか気付いたら口を突いて出ていた。

「そういえば、セドリック様、こちらをお返し致します」

 今回必要に応じて借りていたネックレスの存在を思い出し、ポケットからハンカチに包まれたそれを出すとテーブルに置いた。

「ああ、そうだったね。でもそれはそのままリズが預かっておいて」

「なりません。このように大切な物は、これ以上お預かりしておく訳には……」

 誤って傷をつけてしまうかも知れないし、もし紛失でもしたら謝罪では済まない。
 エヴェリーナは断固として拒否するが、セドリックは不意に立ち上がるとネックレスを掴み何故かこちらへと向かってきた。

「セドリック、様? 何を……」

「動かないで。少しでも動くと触れてしまう」

「っ……」

 彼は女性に触れると身体中に発疹が出来てしまうので、そんな風に言われたら微動だに出来ない。
 セドリックはエヴェリーナの背後に回り込むと、ゆっくりと触れないように首にネックレスを掛けた。
 その間、身体だけでなく無意識に息まで止めてしまった自分が恥ずかしくなる。
 
「はい、終わったよ」

 向かい側に戻り満足そうに座っているセドリックを戸惑いながら見ると、彼は不敵に笑った。

「それは君を護る盾になる。君に害を及ぼすなら、それは僕へあだなす事と同義だ。要するに、リズは僕の侍女(もの)という意味だよ。だから肌身離さずつけておいて」

「え、あの……」

 理解が追い付かず何も言えなくなる。
 自分らしくない。
 懸命に頭をしぼるが、正しい返答が思い付かず戸惑うばかりだ。
 
「リズ、返事は?」

「は、はい、承知致しました……」

 何故か気恥ずかしくなり、笑みを浮かべているセドリックからエヴェリーナは顔を背けた。
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