出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました

五十三話〜妹と弟 二〜




「貴女が噂のセドリックお兄様の侍女ね!」

 お茶を持ってきたリズを見て、シャーロットは開口一番にそう言った。 
 使用人相手に丁寧に挨拶する貴族や皇族がほぼいないのは分かっているが、妹の無作法な態度にため息が出る。

「お初にお目に掛かります、皇女殿下、第三皇子殿下。セドリック様のお屋敷で働いております侍女のリズと申します」

 丁寧にリズが挨拶をしている間、シャーロットは彼女を穴が開きそうな程凝視する。

「……綺麗ですわ」

 ポツリと呟くとシャーロットは勢いよく立ち上がった。

「絹のような金色の髪も! 陶器のように白い肌も! 流れるような所作も! 全てが美しいですわ〜!」

 瞳を見開き頬を赤らめ鼻息荒くする姿は淑女とはかけ離れており、本当に皇女なのかと疑いたくなる程だ。
 だが紛れもなく自分の妹であり、少し情けなさを感じる。

「ただ姿勢が余りよろしくないのが、残念ですわ」

 シャーロットの失礼な言葉にリズは少し困ったように笑った。
 それを見たセドリックは、妹を止めようと口を開こうとするがーー

「リズさん、胸を張って顎を引いてもう少し背筋を……え、キャッ‼︎」

 リズの姿勢を正そうと余計な事を考えたシャーロットは、テーブルの角にドレスの裾を引っ掛けその衝撃で置かれていたカップをひっくり返した。
 カップはシャーロットではなく隣に座っていたラフェエルへと傾き溢れた。
 その光景にセドリックは即座に立ち上がる。

「皇子殿下‼︎」

 だがセドリックが動くまでもなく、リズがラフェエルの腕を引きソファーから立ち上がらせた。

「お怪我はありませんか?」

「…………平気」

 ソファーは汚れてしまったが、衣服に掛かる事はなく大事には至らなかった。その事に安堵しながらも、いつまでもリズから離れないラフェエルに不満を感じる。

「シャーロット、そんな風に突然動いたら危ないだろう」

「で、でも悪気があった訳ではありませんの!シャーロットはただ、リズさんの姿勢を正して差し上げて、更に美しくなって頂きたかっただけですわ。だってとっても残念でなりませんもの。こんなにも」

「シャーロット、言い訳をする前に謝罪が先だろう。人の事を正すより己の傍若無人さを正すべきだ。君はその歳になって、余りにも周りが見えてなさ過ぎる」

「⁉︎」

 これまで妹達とは関わる機会が少なく、何か気になった事があっても注意する事はなかった。
 妹の生母は健在で無論教育する人間だっている。セドリックが口を出すべき事ではないと思い放置していたが、今回ばかりは見過ごせない。

「ラフェエル、リズ、二人共大事ない?」

 セドリックから注意され呆然と立ち尽くすシャーロットを尻目に、二人に声を掛ける。
 するとラフェエルは静かに頷き、リズも「問題ありません」と答えた。

 その後ジルやソロモンを呼び、汚れたソファーや床に散らばったガラスの欠片を片付けさせた。

「さっきは敢えて言わなかったが、今日の来訪も本来なら事前に連絡をするべきだ。確かに君やラフェエルは僕の妹と弟だが、ある程度の礼節は弁えるべきじゃないのか。もう幼い子供ではないんだ。自分の言動に責任を持ちなさい」

「……」

 ソファーに座り直した二人に、改めて説教をする。
 ラフェエルは相変わらず無表情なまま何を考えているのか分からないが、シャーロットは大きな瞳を潤ませ今にも涙がこぼれ落ちそうだ。
 その姿に少し言い過ぎたかも知れないと罪悪感を感じる。
 兄弟姉妹の中で唯一女性であるシャーロットは、蝶や花よと育てられてきた。それ故相当堪えたみたいだ。
 
「皇女殿下は甘い物はお好きですか?」

 不穏な空気の中、お茶を淹れ直したリズが戻ってきた。
 先程、お茶が菓子にも掛かりダメになったので新しい菓子もテーブルに置いた。
 
「……嫌いじゃありませんわ」

「それは良かったです。実はこちらのイチゴのクッキーは特別な物なんですよ」

「特別?」

「はい。食べると幸せな気分になる特別なクッキーです」

 リズの突拍子のない言葉に、セドリックは思わず目を丸くする。
 シャーロットは訝しげにリズを見るが、一枚クッキーを掴むと口に含んだ。

「‼︎……とっても、美味しいですわ」

 一口二口と食べ進め、一枚をあっという間に食べ切った。
 そして沈んでいた表情が一気に明るくなる。

「宜しければ皇子殿下も、お召し上がり下さい」

「…………うん」

 険悪な雰囲気が一瞬にして穏やかになった。
 その後リズは妹達に優しく声を掛け、談笑を始める。
 実の兄であるセドリックすら扱いに困っているのに、彼女はいとも簡単に手懐けていた。


「さあラフェエル、セドリックお兄様とリズさんにご挨拶なさい」

 あれから二時間程滞在したシャーロットとラフェエルを門前で見送る。

「…………失礼します」

「うん、また遊びにおいで。でも次からは事前に連絡をするんだよ」

「はい、申し訳ありませんでした」

 素直に頭を下げて謝罪をする妹にセドリックは眉を上げる。
 この短時間で僅かでも学んだ事があったようだ。

「リズ、お茶とクッキー、美味しかった……ありがとう。また食べたい……」

 普段無口な弟が、こんなに話しているのを見るのは初めてかも知れない。驚いたが、それよりも気になる事がある。それはーー

(は? いきなり呼び捨て? シャーロットですら、さん付けしてるのに⁉︎ リズを呼び捨てにしていいのは僕だけの特権なのに……)

「はい、またお待ちしております」

「ふふ、ラフェエル、今日はお喋りですわね」

 すっかりご機嫌な様子の妹達を見送りながら、セドリックは一人顔を引き攣らせる。

「セドリックお兄様! 許されぬ恋、絶対に実らせて下さいませ! シャーロットは全力で応援しますわ〜!」

 シャーロットは馬車に乗り込み窓から顔を出すと大声を上げた。

「シャーロットっ‼︎ そんな大声で」

「では、ご機嫌よう〜‼︎」

 少しはしおらしくなったかと思ったが、勘違いだったようだとため息を吐いた。
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