出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました

五十七話〜心うち〜



 ソロモンに続いてジルも部屋から退出し執務室にはリズと二人きりとなった。そのせいで、急に落ち着かなくなる。
 いつも通り互いに黙々と業務をこなすが、やはり気不味い。
 
「ねぇ、リズ」

「は、はい」

 気不味い空気に耐えられなくなり声を掛けると彼女はピクリと身体を震わせた。心なしか声も上擦っている気がする。しかも全く目を合わせてくれない。
 こんな彼女を見るのは初めてだ。

 これは絶対に昨夜のせいだ。
 だが昨夜は至って平常に見えた。それなのに、実は凄く気にしていてそれをバレないように隠していたという事になる。

 セドリックは昨夜のリズを思い起こす。
 あの時、必死に平常心を保とうとしていたのかと思うとーー

(可愛い過ぎるだろう……)

 今朝勘違いだと忘れようと決めたばかりなのにも拘わらず、彼女への恋情が込み上げてくる気がした。


「昨夜の事だけど……」

「はい」

「迷惑掛けてしまってごめん」

「そんな、迷惑などと思っておりません。それよりも、お身体はもう大丈夫なのですか?」

「うん、もうすっかり大丈夫だよ」

「……あまりお役に立てずに心苦しいです」

「そんな事はない。寧ろリズのお陰で……」

 そこまで言って口を噤む。
 危ない。失言をする所だった。
 まさかリズを妄想して発散したなどと死んでも言えない。絶対に気持ち悪がられて軽蔑される……。

「ほ、ほら、あの本、さっきソロモンに返したけど、凄く良かったじゃなくて、役に立ったよ!」

 誤魔化すようにそう言ってからセドリックは後悔をした。
 明らかに言い回しを間違えた。
 これでは艶本を読んで喜んでいるみたいだ……。

 案の定、リズを見れば困ったように笑っていた。
 女嫌いの癖に、そういう類いの本には興奮を覚える変態なのだと思われたに違いない。最悪だ……。

(絶対リズに引かれた……)

 セドリックはどう弁解をしたらいいのか頭を悩ませるが妙案は浮かばない。
 そんな中、ふと疑問に思う。

 何故リズは、艶本の存在を知っていたんだろうか……。
 そこまで気が回らなかったが、改めて考えるとモヤモヤする。
 ソロモンが言っていたように彼女が読む事はないだろう。考えられる事はーー

(恋人……)

 リズの年齢を考えればあり得ない話ではない。
 今現在彼女に男の影は見受けられないので、きっと昔恋仲だった男から聞いて知っていたに違いない。
 艶本の事からあんな事やこんな事、実践まで……。

(リズが他の男と……)

 そう考えると無性に腹が立ってくる。それに、胸が苦しい。
 思わず奥歯を噛み締めた。

「あの、セドリック様」

 黙り込んでいたセドリックは、リズの声に我に返る。

「これからどうなさるおつもりですか?」

 聞くまでもなくユージーンやビアンカの事を言っているのだろう。

 深刻な面持ちのリズを見て、セドリックは邪念を振り払い気持ちを切り替える。

 昨夜は余裕がなく話せなかったジョゼフの話をした上で、ビアンカは恐らく痛い目をみた事と侯爵家には書面で抗議をする予定だと淡々と伝えた。だがリズの反応は良くなかった。

「これは明らかに不敬です。然るべき処罰が必要だと思います。もしセドリック様だけで解決が難しいのであれば、陛下にご相談されては如何でしょうか?」

「……いや、それはしたくない。父上に話せば、必然的に周りにも今回の件が知られてしまう。そうなれば、今度は媚薬を盛られた間抜けな皇子だと言われ兼ねない」

 六年前の件でも散々言われたのに、また似たような事態を引き起こし、自業自得ではあるが体裁が悪過ぎる。
 我儘皇子くらいなら可愛いものだが、今回はそんな次元の話ではない。男としての矜持を捨てるも同じだ。不甲斐ない自分が情けない。
 流石のリズも、今回ばかりは情けないと呆れている事だろう。

「分かりました」

「え……」

 暫しリズは黙り込んだ後、そう言った。
 一体何が分かったのだろうか……。

「セドリック様、私に考えがあります。公的に無理なら秘密裏に致しましょう」

「それって……」

「大丈夫です。貴族なら叩けば埃の一つや二つでるものです」

 さらりと凄い事を言われ目を見張る。
 要は今回の件の責任の代わりに、裏から手を回して別の形で責任を取らせるという意味だろう。

「でもコルベール家は、侯爵や夫人は善良な人達なんだ。やましい事はないと思うよ」

 ビアンカはともかく、だからこそユージーンの事は信頼していたのだが……見誤った。

「そうですか。ですが、少し時間を頂けないでしょうか? 私の方で調べさせて頂きたいんです」

「……分かった、リズに任せる」

 正直、彼女を巻き込みたくなかったが、真剣な眼差しに根負けしたセドリックは頷いた。

「ありがとうございます。では早速ですが、長期休暇の許可をお願い致します」

 それからリズは、暫く屋敷から姿を消した。





< 58 / 58 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:3

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

私の中のもう1人の私が好きな人

総文字数/35,465

恋愛(その他)19ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
素朴でどこにでもいる現代の女子高生の琴音の中には、昭和初期ーー戦争の時代を生きた少女文子がいる。 私は今、息をしている意味はあるのだろうか? 死にたくなかった 幼馴染の彼と結婚して、子供を産んで、平凡な生活を生きたかった 出征前、結婚して欲しいと言われたのに、返事は帰って来てから聞くと言われ何も伝えられないまま……彼は戦死した 文子の想いはずっと消えないままーー 幼馴染の彼と、もう1人の私の想い人にそっくりな転校生との三角関係の行方は…。
ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します
  • 書籍化作品

総文字数/114,731

ファンタジー59ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
書籍発売記念のSS追加しました✨ いつもお読み頂いている読者様方のお陰で書籍化出来ました!本当にありがとうございます! ◆◆◆ 君を抱くつもりはない、初夜に彼からそう告げられたーー。 しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。   一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。   そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。
表紙を見る 表紙を閉じる
※注意。夫はクズです、ご了承下さい。 「まさか、身体の関係がある訳じゃないだろうな」  義弟との不貞を疑う初夜をすっぽかした夫。 「不貞をするなど、妻としての自覚はないのか?」  愛人が数十人もいる人間の台詞とは到底思えない。  自分は浮気をするけれど、妻には絶対に許さないという事だろうか……クズ過ぎる。 ◆◆◆ ど田舎貴族の伯爵令嬢エレノラ。お人好しの父のせいで伯爵家はいつも火の車だった。そしてある日ついに借金まで背負うハメに……。 そんな時、知り合いから公爵家の縁談話が舞い込んできた。しかも結婚すれば借金の倍額を支払ってくれるという。 更に相手の令息は家柄良し、頭脳明晰、眉目秀麗、その他馬術に剣術など完璧な青年だ。 ただ、無類の女好きで常時数十人もの女性と身体の関係のあるクズだった。 だが背に腹は変えられないと、エレノラは公爵家へと嫁ぐ事を決意する。 しかし対面した彼から「こんな芋っぽい娘だとはがっがりだ」「私の妻には相応しくない。よって、妻とは認めない」と一蹴されてしまう。 無類の女好きなのに、どうやらエレノラには興味がないみたいだった。 そして彼は初夜をすっぽかして愛人の元へ出かけて行った。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop