「捨てられ王妃」と呼ばれていますが私に何かご用でしょうか? ~強欲で身勝手な義母の元には戻りません~

【10】オラクルストーン(4)

 片方の袖を切り落とされた姿でアイリスはディアドラを見下ろす。
 冷ややかな青い目を見て、ディアドラは喉の奥で短い悲鳴を上げた。

「ギルバートの命を狙ったことを、地獄の底で後悔すればいいんだわ」
「あ、アイリス、わ、私は……」
「言い訳なんか聞きたくありません!」

 ディアドラは椅子から立ち上がり、アイリスに向かって手を伸ばしてきた。
 その手を扇で叩き落とす。

「今から、そのレティキュールの中を調べてもらうわ。兵士の皆さん、この人も逮捕してください。『白の魔石』を持っています」
「え……っ」
「何を持っているんですって?」

 兵士たちが聞き返す。

「失われた禁忌の石、『白の魔石』、『フォビダンストーン』です! 早く!」
「フォビ……」

 兵士たちがハッとする。
 慌てて駆け寄る兵士を見て、ディアドラが足を踏み鳴らした。

「ちくしょう!」

 大声で叫び、逃げようと踵を返す。だが、豪華すぎるドレスの裾を踏んでしまい、大きくつんのめった。
 
 同時に、ディアドラの手を離れてレティキュールが宙を舞った。
 中身を盛大にまき散らしながら……。

「あっ!」

 折れたヘアピンだの溶けかけた飴だの鼻をかんだ後のハンカチだのがあたりに散らばる。
 それに紛れて白い石が転がり落ちた。
 
 石は転がり続け、壇の下に落ちる。
 客席の間をなおも転がっていく。

「あああ……」

 アイリス慌てて壇から駆け下りて石を追う。
 リリーが走ってきて、一緒に石を追いかけはじめる。

「ジャスミン、その石を捕まえるのよ。誰かの手に渡してはダメ」
「わ、わかったわ、お母様」

 ジャスミンも加わって石を追いかけるが、石は生きているかのようにどこまでも転がり続ける。
 まるで次の持ち主を探すかのように。

「あの石は、私たちが捕まえなくちゃダメ! ちゃんと管理しないと……」

 息を切らしながら、リリーが叫ぶ。

「そうじゃないと、また……」
「やだ。どこに行ったの?」

 ジャスミンが叫ぶ。
 とうとう石を見失ってしまったのだ。

 カツーン……、と離れたところで軽い音が聞こえた。
 振り向くと、石が高く飛び上がるのが見えた。

「あ、あそこ……」

 アイリスたち三人が慌てて駆け寄ろうとした矢先、ポチャンと嫌な音が聞こえた。

「ああ……」

 近くにいた人たちが残念そうな声を上げた。
 アイリスたちが近づくと、遠慮がちに口を開く。

「石なら、そこに落ちましたよ」

 広場をぐるりと囲んでいる半円形の水路を指さす。
 ゼイゼイと息を切らしながら、リリーが水路を覗き込んだ。

「げ……」

 淑女にあるまじき呻き声を上げる。
 続いてアイリスも水路を覗き込む。そして同じように呻いた。

「うう……」
「こ、これは……」

 ジャスミンも呻いた。

 水路の水底には白い小石が何千何百と敷き詰められていた。

「……どうする?」

 ジャスミンがリリーを見る。
 リリーは眉間に深い皺を寄せた。

 チラリと見ただけの小石を、この石の中から探し出すのは無理だろう。
 かといって、全部を持ち帰って保管するというのも現実的ではない。

 持ち帰った石の中に必ずあの石があるという保証もない。

「困ったわ……」

 何がどうしたのかと、周りに人が集まってくる。
 リリーの友人たちもやってきて、口々に聞いた。

「いったい何を探しているの?」
「さっきの丸い石みたいなものは、何?」

 どう答えたものか、悩む。

 石そのものがどこかにいってしまったので、その力を説明をしたり、存在を証明したりすることが一気に難しくなった。

 壇上に目を向けるとギルバートがこちらを見ているのが分かった。
 周りを兵士が取り囲んでいる。

 ディアドラとヒルダの姿はすでにない。
 一人取り残されたノーイックは青い顔で呆然と立ち尽くしている。

 会場内は騒然としている。
 ヒルダの凶行に驚く声が大半だ。

 王国軍特製の巨大拡声器からヘーゼルダインの声が聞こえてきた。

『戴冠の儀は滞りなく執り行われました。新国王ギルバート陛下の世が末永くよいものでありますようにとお祈りし、本日の式典を閉式といたします』

 慇懃ではあるが、必要最低限のことだけを伝えて散会を促す。

 マクニール大司教とともにギルバートが第二宮殿に続く回廊に姿を消すと、人々の足も少しずつ帰路に向かい始めた。
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