その優しさに溺れる。〜一線を超えてから、会社の後輩の溺愛が止まらない〜
その日もいつも通り仕事を終え、資料を手に戻ろうとしたとき——

「……深雪さん」

振り返ると、部署で目立つ男性社員が立っていた。橘湊(たちばな みなと)、27歳。年下だが仕事ができる後輩だ。高身長、端正な顔立ちに理知的で誠実な雰囲気。

「あ、橘くん。どうかした?」

「今朝の報告書、添付ファイルが先週のデータでした」

「あっ……ごめん、すぐ差し替えます」

「お願いします」

湊はしばらく詩乃を見つめた。

「ん? どうかした?」

「いえ…」

瞳には言葉にならない問いが浮かんでいた。
詩乃は思わず小さく笑う。
湊は何も言わず、静かに会釈して去っていく。
彼は、誰にでも丁寧で、困っている人にはさりげなく手を貸す——やりすぎず無関心でもない、その絶妙な距離感で信頼を得ている。
だがその瞳だけは嘘を見抜くようにまっすぐで、今日もその視線が胸に残った。
資料を抱えて廊下を歩く。
心の奥で、ほんの少し何かが揺れていた。
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