その優しさに溺れる。〜一線を超えてから、会社の後輩の溺愛が止まらない〜
その後。
湊の家に向かう途中、スマホに届いた一通のメッセージ。
《詩乃さんすみません。今日、ちょっと遅くなるかも。先に部屋、入って待っててください》
──遅くなるかも。理由は書かれていないけれど、なんとなくわかる。
(……佐々木さんの、残業につきあってるんだ)
バッグの奥から何度も使ったことのある合鍵を握りしめ、湊の部屋へ。
整った部屋、静かな空気、いつも通りの居心地のよさが、今夜は胸に沁みた。
ベッドに腰を下ろし、横になる。
その瞬間、柔らかな寝具と微かに残る彼の匂いに包まれる。
(安心する。でも…)
頭に浮かぶのは──会社で見た湊の笑顔。
奈々に向けられたやわらかなまなざし。
(……楽しそうだったな…)
胸がぎゅっと痛む。吐息とともに、意識が落ちていった。

***
「……詩乃さん?」

肩を揺すられる感覚。低い声。
目を開けると湊がそこにいた。

「……帰ってきたの?」

「はい。遅くなって、ごめんなさい」

時計は日付が変わる少し前。

「ねぇ、湊くん…シャワー……まだだよね?」

「はい。これからです」

──一瞬迷って、言葉が出る。

「一緒に、入ってもいい……?」

湊は目を見開き、微笑んだ。

「じゃあ準備してきますね」

***
湯船に並んで肩を沈める。
背中越しに感じる彼は近いのに遠くて。

「……詩乃さん、今日、なんか変じゃないですか?」

「別に。普通だけど」

「ほんとに?」

「……佐々木さんと、最近楽しそうだね」

「仕事なので。一応教育係ですから」

「でも……会社であんな笑顔、初めて見たから」

胸の奥が揺れる。

「……嫉妬ですか?」

「ちがう……でも、なんかモヤモヤするの」

その瞬間、湊の腕にギュッと抱きしめられた。それだけなのに、少しだけ不安がほどける。でも──
(こんなふうに、湊くんを求めるのは危険だ)
まだ“恋人”って言葉も口にできない。

「……詩乃さん」

「ん?」

「こっち、向いて」

振り向いた瞬間、唇が重なる。
柔らかく、深く。水音が浴室に響く。

「キスしたあとの、詩乃さんの顔、好きです」

「……え?」

「俺だけが見られる顔だから」

耳元で囁かれ、身体の奥が熱を帯びる。
理性なんて保てそうになかった。

「湊くん……」

「ん?」

「……ね、はやくベッド、行こ?」

「っ」

考えなきゃいけないことは山ほどある。
奈々のこと、この関係のこと、いつかの未来のこと。
でも──今夜だけは、何も考えず、
抱かれて、愛されてるふりをして、
そのぬくもりに溺れていたい。
──それだけが、心の拠り所だった。
< 30 / 39 >

この作品をシェア

pagetop