十年越しの初恋は、永遠の誓いへ

第一章 もう一度

 雨の音が世界を覆い隠す夜。
 仕事帰りの駅前で、私は立ち尽くしていた。
 忘れたはずの、いや、忘れようとしてきた名前が、胸の奥で痛むように響く。

 ――藤堂蓮。

 人混みの向こう、街灯の下に立つ男。
 濡れた黒髪、凛とした横顔。
 十年ぶりなのに、すぐにわかった。
 私の初恋の人。
 そして、最後に私を深く傷つけた人。



 「……藤堂さん」
 思わず名を呼んでしまう。

 彼はゆっくり振り返り、視線をこちらに向けた。
 冷たい瞳。
 十年前、優しく笑ってくれたはずの目には、今はもう温もりがない。

 「……久しぶりだな」
 低く掠れた声。
 ただそれだけ。

 私は胸が詰まって、声が出ない。
 本当は「会いたかった」と言いたかったのに。
 「元気だった?」と聞きたかったのに。
 雨音だけが、二人の間を埋め尽くしていく。



 「……偶然ね」
 やっと絞り出した声は、震えていた。
 彼は一瞬だけ目を細め、けれどすぐに視線を逸らした。

 「偶然、か」
 吐き捨てるような声に、胸が強く痛む。

 「どうしてそんな言い方を……」
 問いかけた途端、彼が近づいてきた。
 傘を差していない私の肩に、自分の傘を差し出す。

 「濡れる」
 短く、それだけ。



 「……優しいんですね」
 皮肉にも似た言葉が、唇から漏れる。

 彼の瞳がわずかに揺れた。
 「優しくなんかない」
 掠れた声。
 「十年前、俺は君を傷つけた。その事実は変わらない」

 心臓が跳ねた。
 十年前のことを、彼も覚えている。
 あの日の涙を、彼も忘れていない。

 けれど――。



 「もう一度……会えてしまったら、どうすればいいんですか」
 震える声で呟くと、彼が一歩、さらに近づく。

 傘の下、狭い空間。
 雨音にかき消される距離で、彼の吐息が頬を掠めた。

 「俺に聞くな。……俺だってわからない」

 低い声が胸に突き刺さる。
 拒絶とも、告白とも取れる曖昧な響きに、心が揺れた。



 雨に濡れた夜の街。
 十年前に止まってしまった初恋が、今、もう一度動き出そうとしている。

 ――でも、それが幸せなのかどうか、まだ答えは見つからない。
< 1 / 56 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop