異国の舞姫はポンコツ皇子を笑わせたい

第二十七話 小さなリダファ

 町はずれにある小さな一軒家に、置いている、ソレ。毎日通って来てはいるが、情はない。そんなものを持ち込んだらいいことがないと知っているし、何より興味もない。

「ウィル様!」
 満面の笑みで出迎えてきたのは一人の女。大きな切り札の一つだ。

「ごきげんよう。今日もいい子にしておりましたか?」
 ウィルは人のいい笑顔でそう言うと、手にした果物を渡す。道すがら、市場で買ってきたものだ。
「ありがとうございます。今日も元気でしたよ。今は遊び疲れて眠っています」
 部屋の中に入ると、木でできた玩具が散乱している。所帯じみた家の中は、子供がいることで更に『生きている』ことを実感するものである。部屋の片隅に置かれた小さなベッドを覗き見ると、金髪の可愛い赤子が眠っているのが見える。

「もうだいぶ這い回るようになりました」
 そんな我が子をそっと撫でながら、女は幸せそうに微笑む。しかし、聖母のようなその顔とは裏腹に、女には果てしない野望があった。そしてそれは、ウィルにとっても副宰相であるキンダにとってもこの上なく都合のいいものだったのだ。
「そうですか。子の成長は早いものですね」
 ウィルはそう言って懐から金貨の入った小さな袋を渡す。

「ウィル様、私はいつになったら、」
「実はね」
 話を遮って、続ける。
「リダファ様が怪我をなさったのです」
「えっ? 大丈夫なのですかっ?」
「ええ、問題ありません。ですが今、王宮はバタついていましてね。申し訳ありませんが、もう少し大人しくしていてもらえますでしょうか?」

 それはお願いなどではない。命令だ。女はその言葉にグッと拳を握りしめる。
「……仕方、ありませんね。でも」
 そう言いながら、ウィルにしなだれかかる。
「今日はゆっくりしていってくださるのでしょう?」
 上目遣いにウィルを見上げる。まるで娼婦のようだな、とウィルは思った。幼子がすぐそこにいるというのに、平気で男に手を伸ばすその神経が、どうにも理解出来ないのだった。
「モルグ、無理ですよ」
 そう言ってそっと彼女を突き放す。

 モルグ・ダン。
 それが女の名だ。本名かどうかは知らない。かつて王宮で女中をしていたことがある彼女は、先の外交官、ハスラオの遊び相手でもあったようだ。権力への欲望が強く、権力者と聞けばすぐに飛びつく。意地汚い女だ。

 だが……

「今はフィリスのことを第一に考えてくださいね、モルグ」
 彼女は数週間前、キンダを訪ねてふらりと王宮にやってきた。たまたま最初に相手をしたのがウィルだったのだが、彼女の話はとても興味深いものだった。

『私はリダファ様の子を授かっております』

 ──まがいごとだと思った。

 だが、実際に彼女の元を訪れ、彼女の息子であるフィリスを見たとき、衝撃を受けた。リダファに生き写しだったのだ。
 まさか似たような子供を用意したわけではあるまい? と詳しく話を聞けば、モルグは最近まで流刑されていたという。罪状は、リダファ暗殺に関わった反逆罪である。
 モルグは、あの船に乗っていたのだ。

『私はハスラオ様に命じられ、リダファ様を眠らせる役どころでした。ですが、それだけでは勿体ないでしょう? 成功するかはわかりませんでしたが、試したのです。朦朧としていたリダファ様をお誘いしたら、彼、私を奥様と勘違いなさって』

 可笑しそうに笑うモルグは悪魔のような顔だった。

 その後、あの船に乗っていた者たちは処罰され、モルグは流刑されたのだ。そして流刑先で子を産んだ。生まれた子は金髪碧眼。間違いなくリダファの子である。

 してやったりだ。

 これで王宮に潜り込める可能性が出てきた。うまくすれば一生遊んで暮らせる。それどころか息子は……この子はアトリスの王になれるかもしれない。そう考え始める。

 だが、焦りは禁物だった。
 まずは後ろ盾を確保しなければならない。ハスラオは捕らえられ、獄中で死んだと聞いていた。だったらその上を行く人物を後ろ盾にすればいいだけだ。ハスラオが誰の命で動いているかを、モルグは知っていた。
 刑期が終われば。
 そうすれば手にするのは自由だけではない。莫大な富も、権力も。欲しかったものすべてが手に入るかもしれないのだから。

「そうですね。今はフィリスのことを第一に」
 名残惜しそうにウィルから離れる。
「大丈夫ですよ、モルグ。『その時』はそう遠くないと思います。だから、もうしばらくの辛抱です」
 幼い子を諭すかのように、頭を撫でながらそう言い聞かせる。モルグはそんなウィルの手を握ると、口元まで運び、唇を押し当てた。
「明日も、来てくださいますか?」
「……宮殿の混乱が収まっていれば」
「お待ちしております」

 目を潤ませ掌に頬擦りしてくるモルグを、ウィルは好きにはなれなかった。この女が欲しているのは、愛ではない。それなのに、さも純真そうに愛を求めるふりをするのだ。穢れた心の持ち主……。

「では、また」
 モルグの元を去りながら、考える。

 愛とは、何なのだろう?

 両親はそれを教えてくれるようなタイプではなかった。出世や金儲けにばかり興味を持ち、教育熱心といえば聞こえはいいが、ウィルの事すら金づるとして見ている節があった。沢山勉強をして、いい仕事について、権力者の下について盤石な仕事を、と。そういう意味では今のウィルはまさに両親の望んだ通りの生き方をしているのだ。

 愛とは、無償のものだと聞く。だから両親は愛になど興味がないのだろう、きっと……。そんなことを思う。

 ウィルは考えていた。ララナの、リダファへの想いは、愛か? 調べによればララナは王の血を引いていないただの平民だ。死んだ本物のララナの身代わりでリダファに嫁いだに過ぎない。だが、彼女がリダファを見る目には明らかに自らの意志としての愛が感じられる。モルグのような打算的なものではなく、強く抱いている、まっすぐな想いだ。

 あれは、愛か?
 あれが……愛なのか?
 それともあれも、ただの芝居なのだろうか。見極められない。しかし、興味深い。

 リダファの記憶喪失。

 これがどうなるか。それによって、ララナの運命も大きく変わっていくだろう。
 この大きな輪の中から彼女が外れるのであれば、そのあとは……、

「手元に置いてみるのも一興、か?」
 何故だか、そんなことを考えている自分に少し驚いたウィルであった。
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