さくらびと。 恋 番外編(3)
第1章 春、きっかけ。
病院の中庭に、淡いピンク色の桜が咲き誇っていた。
いつもその下で、有澤先生は静かに佇んでいた。
2年前に亡くなった妻を偲ぶ、彼にとって特別な場所だった。
新しい精神科病院に赴任してきてまだ間もないが、その端正な顔立ちと柔らかな物腰から、すでに看護師たちの間で噂の的となっていた。
有澤先生自身は、どこか影を帯びた表情を崩さない。薬指に光る結婚指輪が、彼の孤独を物語っているかのようだった。
桜井蕾は、そんな有澤先生の姿を、ナースステーションの窓から時折眺めていた。
真面目で優しい看護師である彼女は、患者さん一人ひとりに真摯に向き合う一方、有澤先生のスマートな容姿と、どこか近寄りがたい雰囲気に、内心では憧れと同時に、自分とは異なる世界の人だと距離を置いていた。
彼の薬指の指輪が、その距離をさらに確かなものにしていた。
それでも、時折目が合うと、有澤先生はふっと微笑みかける。
その度に、蕾の胸は小さく波打った。