アパレル店員のお兄さんを【推し】にしてもいいですか?

溢れる

 週末、さゆかはライブ会場にいた。
「今日は付き添いありがとうね」
「ううん、私もすごく楽しみにしてたから!」
 ライズを楽しむ2人。ステージで歌い踊るメンバーにメロメロになっていた。

 さゆかはライブ後、友達と別れ1人で帰っていた。
「さゆかちゃん?」
声の方を向くと滝がいた。
「あ、こんばんは。お疲れ様です」
「お疲れ。珍しいね、こんな時間にこの辺いるの。…あ、今日ライブか」

 近くの公園に寄った2人。
「そういえば、この前の土曜すみません」
「いやいや、謝ることじゃないから」
「クラスメイトの試合を友達と見に行ったんですよ。あ、前にすれ違った男子2人覚えてますか?」
「あぁ、背の高い子たち?」
「ですです!2人ともびっくりするくらいカッコ良くて、興奮しながら応援しちゃいました」
滝の頭には、さゆかが矢田といた光景が思い浮かぶ。
「…ライブはどうだった?」
「やばかったです!言葉を失うくらい!一気にファンになっちゃいました!私の推しのケンケンが、ソロ曲の時に色気全開だったんですよー。なんかもう心臓鷲掴みされて、ライブ終わっても頭の中がケンケンでいっぱいで困ってます」
大興奮で話すさゆかに対し、少しつまらなそうな顔の滝。
「そんなかっこよかったんだ」
「はいっ!沼るとはこのことかもしれません!私もファンクラブ入ろうかな。あ、グッズ買ったんですよ。えっと…」
横にあるカバンの中を探そうとすると
ぎゅっ
滝が後ろからさゆかを抱きしめた。
(!?)
「なんか妬いちゃうんだけど」
「え…」
「…今日いつもより服、気合い入ってるね」
「…友達が選んでくれて…」
「そっか。俺たち会うの久々だよね」
「そうですね…」
状況が読めず、顔を赤くしながら答えるさゆか。
「…あと10秒だけこうしてていい?」
ドキドキしながら小さく頷く。
10、9、8、
(これもファンサなのかな…)
7、6、5、4、
行き場のない手に力が入る。
3、2、1…
抱きしめていた腕がほどけ、振り向くと目が合った。
「…今、俺のことで頭いっぱい?」
(え…)
さゆかをじっと見つめる滝。
「す、すみません!私、帰ります」
顔を真っ赤にし、急いでその場を去るさゆか。
「…。」
 (ー今、俺のことで頭いっぱい?ー
いやいや、いっぱいどころか溢れ出てしまってるんだけど!え、どうしよう)
走りながら色んな感情が交差する。


 終業式が終わり、さゆかは廊下で友美たちと話している。
「やっと夏休みだねぇ。プール行きたい」
「いいねぇ。新しい水着買おっかな」
(あれから滝さんと会うことも連絡することもないままだ。あのハグに深い意味はないんだろうけど、思わず走り逃げちゃったしなぁ)
「あ、そういえば花火大会あるね。何人か誘って行く?」
「あ、実はさ…」

 店舗裏に遅番の駒井が入ってきた。
「お疲れ様でーす。外、灼熱でしたよ。あちぃ。あ、そういえば来週の店長の誕生日、花火大会の日ですね」
「そうなの?」
「店長ここの花火大会行ったことないですよね。あっ!仕事終わり行ける人集めて、みんなで行きましょうよ!」
他のスタッフも話に入る。
「いいね、それ!店長その日は残業禁止ですよ!」
「わかったよ」

 花火大会当日。浴衣姿で待ち合わせ場所に向かうさゆか。
(矢田くんと花火大会に行くことを知った麻由たちは大興奮。
「矢田に誘われた!?」
「あのモテ男を射止めるとは、さゆかもなかなかやるねぇ」
「別にそういうのじゃないからっ」
「矢田くんの隣歩くんだから気合い入れないとだね」
「お母さんにお願いしとくよ!」
美容師である友美のお母さんに着付けとヘアセットをしてもらった)
 待ち合わせ場所に着くと浴衣姿の矢田がいた。
(まさかの浴衣!?イケメン度が増してる)
「こんばんは」
「こんばんは。浴衣…」
「白井さんが着てくるって加藤から聞いて、兄貴の借りたんだ。変かな?」
(もぉ、友美め)
「ううん、すごく似合ってる」
「ありがとう。白井さんも似合ってる…かわいい…」
頬を赤くする2人。
「打ち上がるまでまだ時間あるし、露店とか見ながら歩こうか」

 花火を見に仕事終わりの駒井たち5、6人がやってきた。
「おぉ、やっぱすげぇ人混みだなぁ。まずは腹ごしらえっすね」
「店長、今日は飲みますか?」
「いや、ノンアルでいいよ」
「じゃあ、シェアしやすいもの買ってきまーす」
 
 「あ、ちょうど空いてる。ここに座って見よっか」
少し距離をあけて座るさゆかと矢田。
「今日、誘って迷惑じゃなかった?」
「全然!びっくりはしたけど。ただ、矢田くんのファンたちに遭遇したら殺されるんじゃないかって、背後に気をつけてる」
「あはは。白井さんって面白いよね。…俺さ、中学の時から勝手にファンクラブみたいなの作られててさ」
(なんと羨ましいエピソード)
「だから周りから見れば女に困ったことないだろって、勝手に思われるんだよね」
「たしかに彼女いないのは意外だった」
「告白されて彼女いたこともあるけど、付き合っても俺の見た目しか見てくれてない感じがして続かなくて…」
「そうなんだ」
(見た目がいいとそういう悩みもあるのか)
「だから俺、白井さんがちゃんと中身を見てくれて嬉しかったんだ」
「ふふ、そう言われると照れるなぁ」
「…白井さん」
ヒューバァーンッ
花火が高く打ち上がった。
「好きです」
「…え」
それぞれみんなが空を見上げる。
< 10 / 34 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop