アパレル店員のお兄さんを【推し】にしてもいいですか?

恋じゃない

 文化祭も終わり11月。昼休み、3組の教室。
「結局、隠し映えスポットに気づいた人、どれくらいいたんだろうね」
「あんなに頑張って作ったのに、ほぼ気付かれてなかった可能性あるよ」
会話から滝に抱き寄せられたことを思い出すさゆか。
(突然のファンサに動揺したけど、その日のお礼のやりとりは普通だった。あれかな、ツーショット撮影会的な。…そういえば、テストが始まる前に冬服買っておきたいなぁ。滝さんのお店行っても大丈夫かな?一応事前に連絡入れとこうかな)

『冬用ニットを買いにお店行きたいんですけど、明日か明後日いますか?』
『明日はずっと裏にいるよ。明後日なら来る時間言ってくれたら対応できるはず』

 2日後、店に着くとすぐにさゆかに気付き声をかける。
「いらっしゃいませ」
(くぅー、久々の推しの接客スマイル&敬語!)
 店内のニットが陳列される場所についた。
「色やデザインのご希望はありますか?」
「赤系が気になってます。デザインはうーん、特にないかなぁ」
「かしこまりました」
少し歩き進むと
「こちらのニットすごく触り心地がいいんですよ」
「うわ、ふわふわで気持ちいい!」
「コートの下に着ても身動きが取りやすく、お色味も豊富に揃ってます。あと、こちらのニットもおすすめです。バイカラーなので一枚切るだけで存在感を出せますし、静電気の起きにくい素材なんです」
「オシャレですね」
「ちなみにお値段はどちらも同じです」
「うーん、どっちも可愛いなぁ」
2つのニットを前に悩むさゆかを見て、近くに人がいないか確認した滝。
「さゆかちゃんには、右の方が似合うよ」
こっそり耳打ちし意見を言った。
ドキッ。
(不意打ちファンサ…)
耳が赤くなるさゆか。

 帰宅後、お礼の連絡をした。
『今日はわざわざありがとうございました。
良い買い物ができました』
『いえいえ、こちらこそありがとう。
来月一緒に出かける時に、今日のニット着てくれたら嬉しいな』
思わずニヤけるさゆか。


 推しの無意識のファンサ続きで、今まで以上に推しへの想いが溢れるさゆか。
「ていうか、それはもう推し活というより恋なんじゃないの?」
休み時間に淡々と麻由が言う。
(恋…?)
「いやいやいや!推し活です!」
「推し活って、応援したりグッズ買って課金したり、会いに行ったりすることだよね?」
「お仕事頑張れー!って応援してるし、服や小物買って売上に貢献してるし。それに推しとご飯行ったり、出かけたりするのだって立派な推し活だよ!むしろ推し活の最高峰!」
「まぁ、高校生なんて恋愛として見られないか。それに高校生と付き合うって、一歩間違えれば犯罪じゃない?」
「そ、そうだよ。だから今のままの関係が最善なの!」
「推しって彼女いるの?」
「知らない…。結婚指輪はしてなかったけど」
「彼女いても女の子と遊ぶ人いるしねー」
「そんな人じゃないから!」
(彼女いないとも言い切れないけど…)
「ていうかさ、推しの写真ないの?私、結局文化祭の時見れてないんだけど」
そう言った友美に、さゆかが勢いよく言い返した。
「そこ!!そこなのよ問題は!アイドルやアニメキャラなら推しの写真やイラストなんてネット上に山ほどあるでしょ!?こっちは一般人なんだよ!写真が流出してないのよ!」
「さゆかのことだから店頭で隠し撮りしてるのかと思ってた」
「そんなことするわけないでしょ!正々堂々と推し活をしてるのよ。写真撮れない代わりに目に焼きつけまくってるの」
「その推しとご飯行く仲なんだし、写真ぐらい撮れるんじゃない?」
「…ゔっ」
(写真かぁ…。欲しい、なんなら待ち受けにしたい。一般人だから待ち受けはアウトか。写真があれば会えない日も癒されて元気を出せるのになぁ)

My推しルール
その2、隠し撮りはしない

 12月になり、街はクリスマスムード。
「お待たせー」
ロングコートを着て颯爽と現れた滝。その姿に目を見開くさゆか。
(待って待って!ロングコート似合いすぎでしょ!!え、こんなモデルみたいな人の横を歩いて私、大丈夫!?ほら、周りの女性たちみんな振り返ってますけどー!?)
「ニット着てくれてる。うん、やっぱ似合ってる」
「ありがとうございます」
満足そうな一優に照れるさゆか。

 現代アート展に着いた2人。展示をゆっくり見ながら、さゆかはバレないように視線を滝にうつした。
(真剣に見てるなぁ。お店のスタッフさんにいらないチケットもらったらしいけど、こういうの好きなのかな)
作品に視線を戻した。
(なんだかんだ月に1、2回は会うようになっている。欲を言えばもっと会いたいし、イベントごとも一緒に楽しみたい。でも、彼女でもないのにグイグイいって、ウザいと思われるのは避けたい。焦るな、自分。そもそもまだ彼女いるか聞けてないし)
 展示を見終わり、近くの休憩スペースに座った。
「明日出勤したら感想伝えないとなぁ」
「撮った写真見せてあげてくださいね」
話しながら、ふと目に入った水族館のポスターを見るさゆか。
(近くに水族館出来たんだ)
さゆかの目線に気づいた滝。
「水族館好きなの?」
「はい。あの幻想的な雰囲気が好きで。最近は行けてないんですけど」
腕時計を見る滝。時計の針は16:12を指す。
「さゆかちゃん、走る元気ある?」
「え?ありますけど…?」
「よし!」
さゆかの手を取り、走り出す滝。
(えええええー!?なになにーーー!?)

 走るのをやめ立ち止まると「少し待ってて」と滝がその場を離れた。
「はぁ…はぁ」
さゆかが息を切らしながら顔を上げると、そこは水族館だった。
「え…」
滝が戻ってきた。
「ごめんね、寒い中走らせて。最終入館が16時半だったから。はい、チケット」
「あ、ありがとうございます」
「この時間だし、ショーとかないから閉館までゆっくり見て回ろっか」

 薄暗い館内を歩く2人。
「あ!滝さん、こっちこっち!この子、私の推しのチンアナゴです!」
「コイツなんか見たことある。あれ、オレンジじゃなかった?」
「それはニシキアナゴです。オレンジのシマシマの」
「名前違うんだ」
他の水槽に気づき
「あ、クラゲいますよ」と駆け寄って行くさゆか。
「これも推し?」
「そうですね。クラゲには癒し効果があるんですよ。クラゲの水槽ってイルミネーションみたいですごく綺麗なんですよねぇ、ふふ」
嬉しそうに水槽を眺めるさゆかを優しい表情で見つめる滝。
「滝さんは水族館だと誰推しですか?」
「ペンギンさんかな。赤ちゃんペンギンは天使だよね」
「分かります、あの可愛さは反則」
その後も水族館を楽しむ2人。
「なんかこの魚めっちゃ見てくる」
「あはは、好かれてますね」

 ペンギンコーナーに着いた。
「やば、めちゃくちゃ可愛い」
ペンギンの写真を撮る滝。
(滝さんはしゃいでる、かわいいな。ペンギンと滝さんのコラボ癒される。あ、そうだ)
「あの、写真撮ってもいいですか?」
「あ、ごめんごめん。俺ばっか撮ってたね。こっからなら撮りやすいよ」
「じゃなくて、その…滝さんを撮ってもいいでしょうか?」
「俺?」
照れながら頷くさゆか。
(やば、嫌がられるかな)
「じゃあ、ペンギン達と一緒に撮ってもらおうかな」
さゆかのスマホに向かってピースをする滝。
カシャ
(やばい、この写真永久保存)

 「おぉー」
エイやマンタ、カラフルな魚たちが泳ぐ大型水槽を見上げる滝。そんな滝の横顔を見つめるさゆか。
(久々の水族館に気を取られていたけど、推しと水族館…この状況神すぎる。あぁ、ライトに照らされて横顔がより一層美しい。…この人に彼女がいたら…私はどうするんだろう)
「ねぇ、せっかくだし一緒に写真撮ろうよ」
「え?」
「ほら、こっち来て」
ドキドキしながら滝の横に行き、インカメにした自分のスマホを向けた。さゆかの高さに合わせ顔を近づける滝。
(ううう近い)
カシャ

 「そろそろ閉館だね」
「私、ちょっとお手洗い行ってきます」
 戻ってきたさゆかに
「こんなに水族館好きならもっと時間ある日に来ればよかったね。ごめんね」
と言う。
「そんなことないです。最高の時間でした!連れてきてくれてありがとうございました」
満面の笑みでお礼を言うさゆか。

 館内を出ると外はすっかり暗くなっていた。
「ほんとに家まで送らなくて大丈夫?」
「はい、ここで大丈夫です」
「あ、これあげる」
何か手渡され、見るとチンアナゴのキーホルダーだった。
「え いつのまに!?」
「走らせたお詫び。水族館、今度はゆっくり行こうね。じゃあ、気をつけて」
月明かりに照らされながら帰って行く滝の後ろ姿を見つめた。
(今度は…そんなことさらっと言うなんてほんとずるいなぁ。恋じゃない…けど推しにとって特別な存在にいつかなれたら嬉しいな)
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