貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜


 こちらに向けられる、穏やかで優しい視線。

 とぼけた、力の抜けるような物言い。

 キッチンで作ってくれる食事の、細やかに行き届いた気配り。

 そして、冷徹そうな外見に似合わない、美しい世界が広がる彼の創作。

 それは、一緒に過ごしている詩乃にしか分からないことだ。

 それに、恋をしているわけではない。

 決して、そんな関係ではないのだから。

「でもさ、詩乃がひとりの男の子とずっと仲良くするのって珍しいよね」

「うんうん。男女関係なく、みんなと遊ぶもんね」

 落ち着いた友人たちが、思い思いにしゃべり始める。

「詩乃は、彼のことどう思ってるの?」

 隣に座った子に聞かれて、詩乃は頭を捻ってしまった。

「うーん」

 自分は、明人のことをどう思っているのだろう。

 可愛いところもある。意外とボケ体質で、ツッコミ甲斐があって。

 表情が乏しいから、愛想の悪い人だと勘違いされてる気がする。

 本当は、とても和やかで気遣いのできる人なのに。

 でも、とっても頭が良いのは分かる。たぶん、職場でも活躍してるんだろうな。

 それに、物静かだけど、無口というより聞き上手。

 だから彼の前では、どんどん話してしまう。

 それからなにより、彼の綴る物語。

 あれを見せてくれたときは嬉しかった。宝物を分けてもらったような気がした。

 それから、それから。

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