素直クールな雪乙女は最強の種がほしい。

第九話 炎

(あと二週間。ロンシャオに早く会いたい……)

 ロンシャオがヒノモトに帰ってから二週間ほどの月日が経った。一ヶ月なんてあっという間だろうと軽く考えていたヴィティであったがロンシャオのいない生活は物足りないもので時間がゆっくり流れているように感じられる。

 山では妹分のシャミィ以外には特段深く関わらず人付き合いはフラットかつドライな方の彼女だがまだ二週間、折返しの段階でこんなにも彼が恋しく思うだなんて、と彼女自身自分の入れ込みように驚くほどだった。

(髪飾り……綺麗……)

 ヴィティはハンカチや財布を入れたポシェットを開き、種をくれるという約束と共に渡された瑠璃色の蝶の髪飾りを手に取り眺める。そうすると寂しい気持ちがほんの少しだけ和らぐのだ。

(本当は付けた方が髪飾りも喜ぶのだろうけど……万が一無くしてしまったら困るものね)

 ヴィティは蝶の髪飾りを大事にポシェットに仕舞うと気になっていた恋愛小説を買うために本屋へと向かう。目当ての本はすぐ見つかり購入した後、ポシェットに本を仕舞うと耳先をピコピコと賑やかに動かしながら道を歩く。

 そのまま帰って部屋で読書をするのもいいが大通りのベンチで冷たいグリーンティを飲みながら読書をするのもヴィティは大好きだった。

 それなりの月日を過ごしたヘルトゥルタンの街並みは変わらず鮮やかで見飽きることがない。ここはロンシャオと歩いた道だと思いながら歩くだけでヴィティの足取りが軽やかになる。

 歩いているとたまに若い男にルミニュイ族だからと声を掛けられる事はあるが『先約がいるの』と話せば紳士的に引き下がってくれるので特にトラブルはなかった。

 ルミニュイ族が同意を取らなければ種を貰えないようにヒトもまたルミニュイ族の同意を得なければ交われない。

 それを破ったものには国が厳しい罰を与えるのだ。だからこそすぐ引き下がってくれるのである。

 ……ダードックという例外はあるがあれは本人が言っていたように頭がおかしくなっていたのが大きい。

(……出来れば荒事にはしたくないものね)

 騒ぎを起こして牢に入れられるか山へ強制送還なんて自体になったらロンシャオに合わせる顔がない。

 あと二週間、何事も起こらないといいけれどと願いながら道を歩いているとドンッと正面からぶつかられ尻もちをつく。
 
 咄嗟に地面に手をついて勢いを殺したため怪我はなかったがジンジンと手のひらが痛んだ。

「ご、ごめんなさいっ」

 ぶつかってきたのは十歳ほどの少年だった。身なりは正直悪く所々穴の空いた服を着ていて赤い髪は痛み肌もボロボロ。体も痩せ細り生きていくのがやっとといった有様であった。

 少年はヴィティに謝るとすぐに立ち上がりそそくさとその場から去っていく。
 
 何か急ぎの用事でもあったのかしらと呑気に少年の後ろ姿を見た瞬間、彼が見覚えのある白いポシェットを抱えているのに気づき慌てて自身の肩に掛けていたポシェットを確認する。

「ない……まさか……待って……!」

 あったはずのポシェットが無くなっているのに気づいたヴィティは大慌てでスリの少年を追いかけるのだった。

 ❆❆❆

「ああ、それは多分スラムにいるガキ共だな」
「スラム……」

 スリの少年は逃げ足が速く見失ってしまったヴィティは周辺の人々から話を聞いた。

 その少年は最近スラムに住みついた孤児であり露店の食べ物を盗んだり旅人や観光客にぶつかってはスリを繰り返す常習犯であるようだった。

 ルミニュイ族はしきたりの際に人里で過ごすために纏まった金銭を用意して下山するのを知っていて狙ったのだろうと言われヴィティは眉を下げる。

「せっかくうちの国に来てくれたのに嫌な思いをさせてごめんな。……あいつらも生きていくのに必死なのは分かるんだけどな。ある程度なら俺達も見逃してたが……最近はちとやり過ぎだ。噂じゃ『組織』の人間の財布まで手を付けたっつー話も聞く」
「……『組織』の人間……?」
「……ヘルトゥルタンくらいデカい国だと光もあれば闇もあるってことだ。あまり大きな声が言えねえけどな」
「そう……」

 人間社会の構図はあまり詳しくないヴィティだが最近は恋愛以外の作品も嗜むようになったため『組織』の人間とやらがどういう連中であるかある程度察しがつくようになっていた。おそらくマフィアなどの反社会組織に所属する人間だろうと。

 所謂裏の人間に手を出したらどうなるか。物語では見せしめとして酷い末路を辿る事が多かったためヴィティは僅かに身を震わせる。

(お金はともかくあのポシェットにはロンシャオがくれた大切な髪飾りが……なんとかして取り戻さないと。それにその噂が本当なら……きっとその子どもは大変な事になってしまうわ。安全なところに逃げるように教えないと)

 ヴィティは情報をくれた出店の店主に礼をいいその場から立ち去る。それから早足でスリの子どもがいるらしいスラムの方へと足を運ぶのだった。

 ❆❆❆

(ここがスラム……危ないから絶対に近づくなってロンシャオが教えてくれたけれど……)

 地図を頼りにしばらく歩いていると清潔で美しい街並みからどんよりとした重苦しい空気と怪しいハーブの香りが漂う区域への辿り着いた。
 
 そこにいる人達の目に光はなく焦点が定まらない者もいた。同じ都市の住民とは思えないほどの鬱蒼とした雰囲気にヴィティは気後れするがおっかなびっくり歩いていてはカモにされるかもしれないと背筋を伸ばしてスラムの内部へと足を踏み入れた。

「こんなところにルミニュイ族のお嬢ちゃんが何の用だ。危ねーぞ」

 するとすぐに入口近くにいた四十代半ばのほどの男が話し掛けてくる。

 男は顔や腕が傷だらけであるものの小綺麗な服装をしている事からこのスラムにおいて高い地位にいる人物であることはヴィティにも一目で分かった。
 
 またその忠告の言葉と眼差しはこちらを気遣うものだ。その事に礼を言いながらヴィティは言葉を返す。

「心配してくれてありがとう。……ここの子どもに大事な物を盗られてしまったの。赤髪で緑の瞳で十歳くらいの男の子なんだけれど知っている?」
「赤髪で緑目のガキ……あいつか。ヘルトゥルタンの守護者様に手を出すとは罰当たりな」

 ヘルトゥルタンの守護者。それはルミニュイ族が昔戦争で山に侵略してきた敵国の人間を追い払ってきた逸話からくる呼び名の一つだ。

 もっともルミニュイ族としては同盟相手であるヘルトゥルタンのためというよりも自分達の住処を護る為と敵国の男を捕らえ種の確保をする為にした行為なのだが……そういった生々しい話はヘルトゥルタンでは語られないため公にはなっていない。

「……子どもに手荒な事はしないわ。大事な物を取り返したいだけなの。居場所を教えてもらえる?」
「守護者様に頼まれたら仕方ねーな。こっちだ。案内してやるよ」

 普段はタダで道案内なんざしねーんだぜ?と気のいい笑みを男は浮かべる。

 男の言うには彼の祖父が戦争でルミニュイ族の娘に命を救われたらしくルミニュイ族は私の恩人だ、見かけたら親切にしなさいと口酸っぱく言われて育ったらしい。

 ご先祖様の善行に感謝しながら男の後ろを歩いていると道行く人々がこぞって挨拶や礼をしていく。最初に感じたスラムで地位のある人間だろうというヴィティの予想は当たっていたのだ。

 そんな人間に会えるなんて運がいいわねと一瞬喜ぶがそもそもポシェットを盗られてしまった時点で最悪だった事を思い出しヴィティは落ち込みながらもスリの少年が道中にいないか注意深く確認する。

 道中では少年は見つからずスタスタと気持ち早足で歩いていているとハーブの匂いに混ざって何かが焦げたような嫌な臭いが漂っていく。その異変に道案内の男も気づいたのかその臭いの出処を探るように周囲を見渡す。すると。

「……この黒い炎は粛清の……あいつら『組織』の連中にまで手を出したのか……」

 男が周囲の人間に声を掛け探らせるとその臭いの出処が判明した。朽ち果てた教会から黒い煙と炎が上がっていたのだ。そしてその教会の跡地こそがスリの少年や孤児達が身を寄せ合いながら暮らしている住処だったのだと男は話す。

「待って。じゃあ……」

 中に子どもがいるんじゃ、と聞くよりも先に子ども達の泣き声が聞こえてくる。熱いよ、痛いよと聞こえてくる悲痛な声にヴィティは言葉を失う。

 周囲の人間達は水を早くもってこい、騎士団に連絡しろと大慌てで走り回っている。しかしその異様な黒い炎は水をたちまち蒸発させその勢いは収まることはない。
 まさに粛清。『組織』に手を出した者は子どもでもこうなるのだという見せしめそのものだった。その残虐な仕打ちにヴィティは震えが止まらない。

「こんな……財布をスられたくらいでここまでするの……?」
「それが連中だ。……ルミニュイ族は火には弱いんだろ? 離れてろ」
「……でも……」
「大切なもんが何かは分からねえがこの火の回り具合じゃ……諦めた方がいい。どんな宝だって命には変えられねえんだ」

 今にも駆け出しそうなヴィティを男は苦々しい顔で肩を掴んで止める。

 それはこれまでに多くのものを失ってきた男の実体験を伴った言葉であり年若く人生経験に乏しいヴィティには反論する余地もない。

 しかし。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! もう悪いことはしません! だからお願いします!」

 ごめんなさいと謝るその声をヴィティは聞いたことがあった。それもついさっきに。熱さや煙に苦しんでいるのか演技めいた先程の謝罪とは違う、心からの懺悔であった。

「どうかこの子達だけでもたすけてください……!」

「……っ……」

 助けを求める声を聞いた瞬間、体の震えが止まった。

 こんな時ロンシャオがいたら、彼はどうするだろう。そう思うと勝手に体が動いていた。

「そこの人達。建物から離れて」
「おい嬢ちゃん何を──」

 男が止めるよりも先にヴィティは燃え盛る入口に向かって手を翳すと手から吹雪が吹き荒れ、黒い炎の一部が弱まっていく。

(……だめね。この炎と私の力は相性が悪い。完全には消えないわ。それでも少しは弱められるなら……)

 炎が再び扉を覆わない内に素早くドアノブに手を掛けるとジュウと手のひらの肉が焼ける音と共に激しい痛みが走る。

「……っ……このっ……!」

 その痛みにうめき声を上げながらもヴィティは強引に扉を開くと中にいる子ども達に声を掛けた。

「開いたわ!ここから急いで出て!」
「え……さっきおねえさ…………っ……皆早く! 走るんだ!」
 
 ヴィティの声に自分よりも小さな子どもを庇うように抱きしめていた少年が顔を上げる。赤毛で緑目の少年は泣きじゃくる子ども達に指示すると子ども達は一目散にヴィティが作った突破口から脱出していく。

「残された子は!」
「ぼくで最後!」
「そう。なら早く…………っ……危ないっ……!」

 他の子ども達を逃がすために最後に残っていた少年が出口を潜ろうとした瞬間、黒い炎に包まれた柱がお前だけは逃さないというように少年めがけて倒れてきた。その事に気づいたヴィティは咄嗟に少年を突き飛ばし、

「……ああああっ………!」

 火達磨の柱に直撃しその下敷きになってしまう。

(意識が…………だめ……まだ炎が消えてない……中にもう誰もいないなら……!)

 その熱さと痛みと重さで気を失う寸前、ヴィティは他の建物に炎が移らないよう体中の魔力を放出させ教会そのものを氷漬けにする。それでもなお黒い炎は氷の中で燃え盛っていたが少しずつ小さくなっていく。

 教会の炎が消えていくのを確認するとヴィティは無理矢理保っていた意識を手放したのだった。
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