僕の隣の席は、未来のアイドル候補
 始業のチャイムが鳴った瞬間、教室にざわめきが走った。
 原因はもちろん、隣の席の転校生――橘ひよりさん。


「お、おはようございます……」

 彼女は、あからさまにボサッとした三つ編みと分厚い眼鏡をかけて登場した。
 昨日の輝きがウソみたいに消え失せている。
 ……いや、むしろ隠しきれてない。


「橘さん、眼鏡かけてもかわいくね?」
「ってか三つ編み似合いすぎじゃね?」
 クラスの男子がさっそく食いつく。女子たちも「地味っていうより清楚系じゃん」とヒソヒソ。

 ……ダメだこりゃ。地味キャラに見せるどころか、逆効果。

 隣の僕は小声で耳打ちする。 

「なあ、それ……余計目立ってない?」
「え、そうなの? これ、ドラマで見た“地味ヒロイン”の鉄板スタイルなんだけど」
「バレバレだよ。演技するなら、もっと普通にしてろよ」
「ふ、普通ってどうやるの……?」

 どうやるのって聞かれても。僕が知りたい。

 一限目、国語。 
 先生が朗読を指名すると――
「はいっ! 私、読みます!」
 ひよりは勢いよく手を挙げ、立ち上がった。 

 声量100点。発音100点。抑揚のつけ方、まるで舞台女優。
 ……教室がシーンと静まり返る。
「……すご」
「声きれいすぎ」
 またもや注目の的。

 あー、もう完全に地味キャラ失敗。
 僕は机に突っ伏してため息をついた。 

 放課後。

 下駄箱まで一緒に歩いていると、ひよりが申し訳なさそうに笑った。

「ごめんね、やっぱり普通って難しい……」
「お前の場合、“目立たないようにする”のが一番の演技だな」
「うぅ……それ、私に一番苦手なやつ」


 確かに、アイドルになる人間に「地味に過ごせ」っていうのは、酷な話かもしれない。
 でも――僕はもう巻き込まれている。

「とりあえず、次からは“無理にキャラ作らないこと”だな」
「……うん。ありがとう、悠くん」
 ニコッと笑う彼女。 

 その笑顔は、やっぱりどう見ても“アイドル候補”。
 ああもう、これからどうなるんだ。
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