おやすみなさい、いい夢を。
覚悟 Hinata Side.
日が落ちるのが早くなった。季節が変わろうとしていた。
夏の暑さがようやく消えて肌寒さを感じるようになってきた頃。
いつものように回診に訪れた俺に、唐突に理緒は口を開いた。
「ねぇ先生。……最後って、どんな風に来るの?」
その声が、あまりにも穏やかだったから、
一瞬、返事の言葉を失った。
彼女はもう分かっている。
どんな検査結果よりも、自分の体の状態を。
「……人によって違う」
声がかすれないように、息を整える。
「でも、君の場合は……心臓がもう十分に頑張ってる。
少しずつ身体が酸素を運べなくなって、
眠るように、静かに意識が遠のいていく」
理緒は目を伏せ、しばらく黙っていた。
それから、ぽつりと口を開いた。
「……苦しくは、ない?」
「出来る限り、苦しくないようにする」
言葉を選ぶ必要はなかった。
この約束だけは、どんな神に祈るよりも重い。
理緒は小さく息を吐いて、
「じゃあ、その時は……私、眠ってるみたいに見える?」と訊いた。
……本当は、“そうだ”と即答できるような質問じゃない。
けれど、俺は頷いた。
「……ああ」
「じゃあ桜には、そう伝えて。
“眠ってるみたいだった”って」
その一言で、心の奥に鋭い痛みが走った。
それは、自分の言葉が彼女の死を確定させてしまったという痛みだった。
(……やめろ。医者の顔でいろ。感情を出すな)
「……君が、それを望むなら。約束する」
理緒は穏やかに微笑んだ。
まるで全てを許すような笑みだった。
どうしようもなく、胸が痛くなった。
俺はたまらず視線を逸らした。
その時、ドアの外から小さな足音。
……開かれたドアの向こうに立っていたのは、制服を着た中野さんだった。
理緒は彼女の顔を見るといつもの笑顔に戻って、
何事もなかったように桜、と口を開いた。
「……じゃあ、俺はこれで」