君と始める最後の恋
 課長の姿を見届けた後の先輩の声を、地獄耳である私は聞き取ってしまった。昔からいくら耳が良いとは言え、聞こえた事を自分でも感心してしまう程、小さな声だった。


『はぁー、なんで俺が…。面倒くさ…。』


 先程の柔らかそうな表情と声とは打って変わって、ものすごく低くて柔らかさなんて微塵も感じさせない声で、この人実は猫かぶり…?なんて印象が着いた。表情は無愛想という言葉がそのまま似合い、冷たい目線を軽くこちらに流す。

 私としてはこの人に教育してもらえと言われたので、一応にこやかに「よろしくお願いします」と挨拶をした。

 先程の面倒そうな表情は隠せてるつもりなのか、先輩も表向き笑顔を取り繕って「よろしく」と私に挨拶は返してくれる。確かにこのくらい取り繕える人が営業には向いているのかもしれないけども、入社早々そんなにあからさまな態度しなくても…、とは思ってしまった。

 ひとまず文句を垂れていても仕方が無いので、やる気を見せるためにも自分から前向きに教えを乞う。


「一ノ瀬先輩、何やりますか?」

「そうだなあ…、まずは手始めに。コーヒー入れてきてくれる?」

「は…、コーヒーですか?」

「うん、ミルクと砂糖2つずつ。頭使うと糖分欲しくなるから。」


 マグカップをグイッと押し付けられ「直ちに」と言いながらマグカップを持ってコーヒーを淹れに行く。お茶入れも後輩の仕事か…。と一度は納得しようとしたが段々と、…令和のこの時代に?と給湯室で違和感を感じた。

 パワハラじゃないのか等、もちろんいろいろ考えはしたが受けてしまった物は今更考えても仕方ないし、その違和感を掻き消して、砂糖とミルクをご要望通り2つずつ入れて先輩の元へ持っていく。


「お待たせしました!ご要望のお砂糖たっぷり甘めのコーヒーです!」

「ん、ありがとう。じゃあ今度これ、経理に持ってって。」

「はい!」


 午前中の業務はひたすらこう言った様子で、社内を雑用で走りまわらせられて終了した。
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