次の駅で

私しか知らない

 放課後、私と真帆は並んで駅まで歩いた。

 「ほら、何も出ないじゃん」

 真帆は笑っている。

 だけど私は昨日から胸の奥にある、冷たさを感じながら改札を抜けてホームに立った。

 夕暮れの空はまだ赤く染まっている。

 今日も人は多くなく、電車を待つ人たちが点々と立っている。

 「‥‥‥‥」

 視線が吸い寄せられる。

 いた。

 いつものスーツ姿の男性が。

 けれど……今日は違った。

 反対側じゃない。

 私たちと同じホームの、少し離れたベンチに座っている。

 その斜め下を向く仕草も、顔が見えない不自然さも、昨日とまったく同じ。

 だんだん近づいてきている。

 気づいた瞬間、息が止まった。背筋を氷の手でなぞられたように寒気が走る。

 「やだ‥‥」

 声にならない呻きが喉に引っかかる。足がすくんで動けない。

 次第に空気が遠のいていく。

 「真帆!」

 呼んだけど、返事がない。

 周囲のざわめきも聞こえない。

 世界には、私とあの男性しか存在していないみたいだった。

 次の瞬間、真帆の声が耳に飛び込んできた。

 「ちさ? どうしたの?」

 「‥‥っ!」

 我に返ると、すぐ横に真帆がいた。

 まるで時間が飛んだような奇妙な感覚だけが残っていた。

 「ねえ、大丈夫? 顔色悪いよ」

 「……あ、あそこ」
 
 私は震える指先でベンチを指した。

 「男の人が‥‥あれ?」

 けれど、そこには誰もいなかった。

 何もなかったかのように、夕暮れのベンチは空っぽで、ただ橙色の光だけが淡く残っていた。

 「男の人?‥‥いなかったよ」

 真帆は、きっぱりと言った。

 「‥‥そんな、だって、今」

 声が震えて、自分でも情けないと思う。

 指差したベンチには、確かに誰もいない。

 たしかに感じたはずなのに。

 「千紗、疲れてるんじゃない?」

 笑うでもなく、心配そうでもなく、ただ不思議そうに首をかしげる真帆。

 その反応がかえって胸を締めつけた。

 ……私だけ?

 さっきまでの恐怖が、じわじわと別の感情に変わっていく。

 周囲は日常のまま。誰も気づかない。

 友達すら信じてくれない。

 この違和感を共有できる人はいない。

 私だけが見て、私だけが感じている。

 そう思った瞬間、背筋に走った寒気は、恐怖ではなく……世界にたった一人になったような、孤独そのものだった。
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