潔癖症の松永先輩

32

 朝、目が覚めると目の前には先輩の顔があった。

 普段クールな印象の先輩の寝顔はなんとも可愛いらしく、無防備なその姿に思わず笑みが溢れる。

「何笑ってるの?」
「お、起きてたんでんですか?」

 先輩は目を瞑ったままにやりと笑い、話しかけてくる。
 恥ずかしくなり、布団にうずまり顔を隠す。
 すると先輩は布団ごと私をぎゅっと抱きしめ、少しだけ出ている頭に自身の顔をのせた。
 
「こんなに幸せな朝があるなんて知らなかった」

 恥ずかしげもなくそんなことを言う先輩に、顔が赤くなっていくのを感じる。
 見られないように布団にくるまったまま、先輩の胸元に顔をうずめた。

「私も、幸せです」
 
 二人でそのまま朝の余韻を存分に味わった後、一緒に朝食を作ることにした。

 真ん中に切り目を入れたバターロールパンにスライスチーズとハム、レタスとスクランブルエッグを挟む。

 もちろん挟むのは各自でだ。
 それでも同じ朝食を一緒に作る、その時間が幸せだと感じる。

「こうやって一緒に並んで作るのいいね」
「はい、楽しいです」
「幸村さんといると初めてのことをたくさん知ることができるよ」

 そう言う先輩は、本当に嬉しそうだった。
 
 朝食を食べた後、食器を片付けると、掃除機をかけ、シーツを洗濯し、布団を干す。
 
 先輩とベランダで並び、ひと息つくように澄んだ青空を見上げた。
 
「いいお天気で良かったですね」
「そうだね。手伝ってくれてありがとう」
「いえそんな! 当然のことです」

 むしろさせてもらえることが嬉しかった。

 潔癖症である先輩とこれから先一緒にいるためにも、私が先輩に対して罪悪感を抱かないためにも、大事なことだと思う。

「潔癖症って面倒くさいよね。自分でも変だと思うよ」
「そんなことありませんよ。私の作った物を食べてもらえないとしても一緒に作ることができて楽しいです。掃除をするのも洗濯をするのも当たり前のことです。たとえそれが過剰だったとしても変だなんてことはありません。私はそうやって先輩の日常を共有できて嬉しいですよ」
「ありがとう。でもしんどくなったらちゃんと言ってね」
「はい。先輩も嫌なことはちゃんと言って下さいね」

 先輩を見上げると目が合った。
 こうやって、気持ちを伝え合えることが嬉しい。
 少しずつ、わかり合えているのだと思える。

 私は目一杯背伸びをして、頬に触れるか触れないかくらいのキスをした。

 そんな私に先輩はフッと笑う。

 この、フッと笑う表情がすごく好きだ。

 すると先輩は、ベランダから見える公園を指さす。

「幸村さん、天気もいいいし今から散歩に行かない?」
「いいですね! 行きましょう」

 マンションから出ると、どちらからともなく手を繋いで歩く。
 
 以前は手を触れる事さえできなかった。
 触れて嫌われることが怖かった。
 大学生だったあの頃、何も出来なかった自分は、まさか先輩とこんな風になるなんて思ってもいなかっただろうな。

 公園に着くと、花壇にはたくさんのコスモスが咲いていた。

 赤、白、ピンクのかわいらしいコスモスたちに目を輝かせる。

「とっても綺麗ですね!」
「うん。幸村さん花好きかなと思って、連れて来たかったんだ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「星よりこっちの方が好きそうだね」

 少し意地悪気に笑う先輩に、私は顔を見上げる。

「星も好きですよ! 先輩と一緒に見上げる星空は格別です」
「僕も。幸村さんと見る景色全てが特別に思えるよ」

 最近、先輩はよく甘い言葉をくれる。
 以前気持ちを伝えられずに後悔したと言っていた。
 だからちゃんと伝えていきたいのだと。

 そんな先輩が本当に好きだ。
 これから先も、何かすれ違うことがあるかもしれない。
 けれど、どんな問題が起こってもちゃんとお互の気持ちを伝え合うことで乗り越えていけると思っている。

 潔癖症なんて関係ない。
 私はただ、そのままの松永先輩が好きなのだから。
< 34 / 34 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:3

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

クールな(ふりをする)後輩くんと、涙活はじめました

総文字数/41,947

恋愛(オフィスラブ)15ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
兼森 すみれ(29)  四年前にあることがきっかけで体調を崩し、涙活を始める。 女性社員から氷の王子と呼ばれる氷山が泣いているところに遭遇し、かつての自分と重なって気にかけるようになる。 氷山 樹(26)  実は泣き虫ということを隠すために人前ではクールに振舞っているが、泣いているところをすみれに見られ、涙活を教えてほしいと頼む。 「もっと、俺のことちゃんと見てください」 「無防備に涙を流す姿が、俺だけが知ってる兼森さんみたいですごくそそられるんです」 瀬川 陽一(32) すみれの重い過去を作った先輩。 言えない思いを抱えている。 「許されるなら、もう一度すみれの隣にいたいと思ってる」 ある日残業を終え帰ろうとしたすみれは、一人泣いている氷山に遭遇する。 行き詰っている氷山と以前の自分が重なり、仕事を手伝うことに。 それから何度か氷山が泣いているところに遭遇してしまったすみれは自身が勧めた涙活を一緒にすることになった。 お互いの弱いところを見せ合いながら共有する時間に心地良さを感じるようになっていた。 そんなとき、すみれの思い出したくない過去の原因である先輩、瀬川が赴任先から戻ってきた。 三人の思いが交差する中、すみれは氷山の存在の大きさに気付いていく。
表紙を見る 表紙を閉じる
~片想いと勘違いから生まれるすれ違い偽装婚約~  貧乏男爵家の令嬢アネシスは家計のため、騎士団の食堂で働いていた。  そんな中父親から家のために、傲慢で悪い噂ばかりの伯爵令息と婚約しろと言われる。  婚約をしたくないアネシスは恋人がいるととっさに噓をついてしまった。  父親から一週間以内に恋人を連れてこいと言われ、連れてこなければ父親が決めた性格の悪い伯爵令息と婚約することになる。  望まない婚約をさせれれそうになるアネシスは落ち込み、悩んでいた。  そんな時、騎士団長から「破棄を前提に婚約してくれ」と言われる。  突然のことに戸惑うアネシスだったが、婚約者のいない騎士団長が来月の舞踏会で踊る相手がいないと噂になっていたため、舞踏会のために告白されたと思い申し出を受ける。  しかし、騎士団長は本当にアネシスのことが好きだった。
表紙を見る 表紙を閉じる
 グラーツ公爵家に嫁いたティアは、夫のシオンとは白い結婚を貫いてきた。  それは、シオンには幼馴染で騎士団長であるクラウドという愛する人がいるから。  二人の尊い関係を眺めることが生きがいになっていたティアは、この結婚生活に満足していた。  けれど、シオンの父が亡くなり、公爵家を継いだことをきっかけに離縁することを決意する。  親に決められた好きでもない相手ではなく、愛する人と一緒になったほうがいいと。  だが、それはティアの大きな勘違いだった。  シオンは、ティアを溺愛していた。  溺愛するあまり、手を出すこともできず、距離があった。  そしてシオンもまた、勘違いをしていた。  ティアは、自分ではなくクラウドが好きなのだと。  絶対に振り向かせると決意しながらも、好きになってもらうまでは手を出さないと決めている。  紳士的に振舞おうとするあまり、ティアの勘違いを助長させていた。    そして、ティアの離縁大作戦によって、二人の関係は少しずつ変化していく。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop