雷の道「十五年ぶりの故郷で、初恋の彼女と再会した六日間」 ──記憶と現在が交差する、静かな再生の物語。

第6章:日曜日

 朝、目が覚めると無性にコーヒーが飲みたくなったんだ。
東京では日課だった。
それが一日の始まりだった。
でもここにはコーヒー豆もミルもサーバーもペーパーフィルターさえもない。

まあ仕方ない。
僕は長い間帰省していなかったんだし、ここは僕の家ではないんだから。
今は宿代わりに息子のよしみで泊めてもらっているだけなんだ。
朝早く目覚め、突然、淹れたばかりのコーヒーが飲みたくなったらコンビニに行くしかない。
コンビニがあるだけまだマシなんだ。

僕は買ってきたドリップパックのコーヒーに湯を注いだ。
ヤカンしかなかったから細く注ぐのに苦労したけど、粉が蒸れてくると、コーヒーの香りが部屋全体に広がった。
黒い液体がカップに満たされると僕はそれを持って二階の部屋に戻った。

さて、と思った。
準備は整った。
何かを始めるには先ずコーヒーが必要なんだ。

僕は最初の一口を含み、苦みと酸味を味わい鼻腔に香りを満たし、ゆっくりと飲み込んだ。
自分で作ったコーヒーを飲むのは六日ぶりなんだと思った。
ここへ来てから六日経ったんだと。
そして今、加奈子に会う方法を考えている。

家は近くだ。
彼女はまだそこに住んでいる。
美沙岐がここに来たとき、加奈子の家に行った帰りだと言っていた。
徒歩で十分の距離。
でも突然訪ねて行くわけにはいかない。
彼女には子供がいる。
という事は家庭があるということだ。
たとえ同級生だとしても独身の男が一人で訪ねて行く事は出来ない。
誰かと一緒に行く。
エリカが居るけど現実的ではない。
喫茶店の蛍にいたカップル。
オムライスとコーヒーを持って。
配達の場所を間違えたふりをして。
加奈子の家の様子を伺うには良いアイデアかもしれない。
でも知らない高校生カップルを巻き込む訳にはいかない。
もっとシンプルで現実的な方法はないか。
加奈子と僕が二人きりで会う、というのがゴールなんだけどなかなかたどりつけない。
そんな不毛な思考の繰り返しをしていたらコーヒーを飲み干してしまった。

からっぽになったコーヒーカップくらいみすぼらしいものはない。
僕は二杯目のコーヒーを淹れる為にキッチンへと降りて行った。
母親が朝食を作っていた。


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