明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

 胸の奥がざわつく。
 けれど、店先で大声をあげるわけにもいかず、玲子は小さな声で言葉を返し、羽織紐へ視線を移す。
 さっさと買い物を済ませてしまおうと、羽織紐に手を伸ばした。
 
 その瞬間、百合絵が足早に距離を詰めてきた。

「まあまあ、そんなところで選んでないで、いいお店を知ってるの。せっかくだから一緒に行きましょう。ね?」

「え、いえ、あの……。わたくし、連れがおりますので……」

「ちょっとくらいなら平気でしょ? こんな機会めったにないのだから、義理とはいえ母親のわたくしが案内してあげるわよ」

 有無を言わせぬ口調で腕を取られ、玲子はたじろいだ。
 外から見れば、仲睦まじい親子のような光景。だが、その手には微かに爪を立てるような力がこもっていた。
 これは、ただ事ではない。
 玲子の肌が粟立つような寒気に包まれたとき、店先から百合絵が強引に玲子を連れ出していく。

「お、お待ちください。お義母様、わたくし、待ち合わせを……!」

「大丈夫よ、大丈夫。すぐ済むから」

 店主が不審そうな顔をするも、「私、この娘の親族なの。ちょっと、話があるのよ」と言いくるめられ、引き止める隙も与えられなかった。
 手綱を握る馬車が、通りの外れに控えている。
 その中には、すでに百合絵が手配していた、見るからにカタギではない男の姿があった。

「さあ、玲子。おとなしく、乗ってちょうだいな」

「っ……!」

 抵抗する間もなく、玲子は背を押されるように馬車へと押し込められた。
 その音も人々の賑わいに紛れ、誰にも気づかれぬまま、馬車は軋む音を立てて動き出した。

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