明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~
 街はずれまでたどり着き、馬車はぎしりと軋んだ音を立てながら停止した。

 百合絵は素早く周囲を見渡し、目を光らせる。そして、ためらいもなく馬車の扉を開け、玲子の手首を強く掴んだ。

「さあ、降りるのよ……!」

 鋭い声とともに、玲子は無理やり引きずり降ろされた。薄暗い路地に連れ出され、足元がもつれそうになるのを必死で堪える。

「ここでグズグズしていれば、目立つだけよ。歩きなさい」

 吐き捨てるような百合絵の声に、ならず者の男も苛立った様子で玲子の肩を押した。

 馬車に乗せての移動は最初だけ。
 人気(ひとけ)のない裏道へ入り、徒歩で連れ去る算段だったのだ。

 玲子は必死に振りほどこうとしたが、手首を握る百合絵の力は驚くほど強かった。
 「やめて……!」と声を上げても、路地裏には誰の耳にも届かない。
 「チッ、うるせえな」とならず者の舌打ちが、背中から聞こえる。

 砂利道を踏みしめながら、強引に歩かされた。
 周囲には捨てられた荷車や、崩れかけた壁が並び、誰もいない。

「あんたなんて、どうせ居くなったって誰も困りはしないのよ……」

 百合絵が低くささやいた。
 その言葉に、玲子の胸は強く締めつけられる。

(……助けて……誰か、助けて……尚文様……将吾様……)

 心の中で何度も何度も呼びかけた。
 だが、返事はない。ただ、誰もいない路地を歩く自分の足音と、ならず者の無遠慮な鼻歌だけが響いていた。

 目指す先は、さらに人通りのない、忘れられたような廃屋。

「おい、入れよ」

 玲子はかすかに震える膝を叱咤しながら、一歩ずつ引きずられるように進んだ。
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