明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~
 玲子は一瞬、息を飲んだまま動けなくなった。
 懐かしい声。幼い頃に眠る前、子守唄を囁いてくれたあの声。病に伏した時、手を握ってくれた優しい手のぬくもりが、いま、まざまざと蘇る。

「会いたかった……ずっと、会いたかったです……!」

 胸の奥に溜まっていた想いが、抑えきれずにあふれ出した。玲子はその場に膝をつき、両手を顔に当てて、声を押し殺すように泣いた。

「わたくし……ずっと、お母様に……見捨てられたと思っていました……。でも、本当は……そうじゃなかったんですね……」

 嗚咽交じりに言葉を絞り出す玲子に、千賀子はそっと歩み寄った。音もなく、草も踏まぬように、まるで風そのものが姿を取ったかのように。
 そして、玲子の前にすとんと膝をつくと、両手を伸ばす。
 本当なら、髪を撫でて、抱きしめたかったに違いない。でも、その手は玲子の髪に触れることなく、宙に浮かんだままだった。
 千賀子の顔に、哀しみと慈しみが同時に浮かぶ。

「ごめんなさい……玲子。あなたを一人にしてしまった……」

 玲子は顔を上げ、目の前にあるその面影をじっと見つめた。

「わたくし、覚えています……。お母様の歌、縫ってくれたお人形、お庭で手をつないだこと……全部……覚えてるんです」

 涙でにじんだ視界の先で、千賀子がそっと微笑んだ。

「ありがとう……。お母さんも、ずっとあなたを想っていたわ」
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