明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~
その日から、屋敷の中で千賀子の名は禁句となった。
 玲子は「裏切り者の娘」として、父親からは冷たくあしらわれ、もちろん、義母と義姉からも蔑みの目で見られ、誰からも愛されることなく、ひっそりと過ごして来た。

 だからこそ、母の着物は、玲子にとって唯一無二の宝物。
 どれほど布地がくたびれても、繕いながら着続けてきたのだった。

 玲子は、絞った茶殻を畳にまき、ほうきで丁寧に掃き始める。
 男爵家の令嬢とはいえ、離れでの暮らしは、まるで奉公人のようなものだ。
 家事も身の回りの世話も、すべて玲子一人の手でこなしてきた。

 かつては乳母がいたが、ある程度身の回りの事が出来るようになると暇を出され、それからはずっと一人。
 今では、母屋の風呂焚きや台所の手伝いの合間に、呉服屋・松林屋から預かった反物の仕立てをして、わずかな日銭を稼いでいる。
 継母・百合絵に言わせれば、「やって当然」なのだという。

 手を動かしながらも、玲子の心は昨夜の出来事を繰り返し思い返していた。

 ――まるで、夢のような夜だった。
< 35 / 234 >

この作品をシェア

pagetop