明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~
 涙がにじみ、隆之の顔が滲んで見える。口の中には鉄錆のような血の味が広がっていた。

「……も、申し訳ございません……」

「こうなったら、嫁ぎ先を急いで決めよう。外出は禁止だ。部屋で大人しくしていろ!」

 髪を乱暴に放すと、隆之は憤然と襖を開け、部屋を出て行った。
 畳に叩きつけられた玲子は、そのまま動けず、閉じられる襖の音をぼんやりと聞いていた。
 しばらくして、ゆっくりと身を起こし、乱れた髪を手で梳きながら、よろよろと立ち上がった。

「うっ……」

 頬にズキンと痛みが走る。手を当てると、そこには熱がこもっていた。
 すると、廊下に続く襖がすっと開く。

「ふふっ、みっともないわね、玲子。いつまでも母屋に居座らず、さっさと離れにお戻りになったら?」

 そう嘲るのは、玲子の腹違いの姉・舞香だった。艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、流行りのリボンをあしらった髪飾り。桜色の唇と子猫のような瞳に、華やかな小紋がよく映えている。

 舞香は、両親の愛情を一身に受けて育った令嬢。
 そんな彼女にとって、親から大切にされていない玲子は、存在する意味のない者なのだ。

「やっぱり、お前は駆け落ちした女の娘ですわね。男に媚びるはしたない真似をして、藤堂様に擦り寄るなんて。姉だと思われるのも恥ずかしいわ」

 玲子は悔しさに唇を噛みしめた。
 母が駆け落ちしたという噂が事実であれ、玲子に責任はない。
 それなのに、いつもその話を持ち出され、自分自身まで否定される気持ちになる。
 だが、言い返すことはできなかった。
 この家では、舞香が正しく、玲子は存在していないも同然だからだ。

「……申し訳ございません。失礼いたします」

 その場から逃げることだけが、今の玲子にできる唯一の抵抗だった。 
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