追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~

46. 黒曜の幻影

 でも――。

 次の瞬間、ゼノヴィアスの体が透け始める。

「あぁっ!」

 霧のように、薄れていく愛しい人。

「ゼノさぁぁぁん!」

 シャーロットは必死に抱きしめようとした。でも、その手は虚しく空を切る。

「また、カフェで会おう!」

 最後に残った笑顔。
 いつもの、不器用だけど優しい笑顔。

 そして――。

 完全に――消えた。

「ゼノさん! ゼノさぁぁぁん!」

 真っ白な空間に、シャーロットは崩れ落ちる。

「うわぁぁぁぁん!」

 慟哭が、何もない世界に響き渡っていった。

 でも、唇にはまだ彼の温もりが残っている。

 シャーロットは唇をそっと撫で、また涙をこぼす――――。

 必ず、必ず成し遂げてみせる。

 その決意を、涙と共に白い空間に刻みながら。


      ◇


「あれほど三分って言ったのに……」

 オフィスに戻ると、誠がジト目でシャーロットを見つめていた。

 その表情は呆れているようで、でもどこか優しさが滲んでいる。

「ご、ごめんなさい……」

 シャーロットは肩を縮こまらせた。

「三分って、本当にあっという間だったので……」

 まだ頬は涙の跡で濡れている。唇には、彼の温もりが残っている。たった三分――でも、無限の勇気をもらえた時間。

「まぁいいよ」

 誠は苦笑いを浮かべて手を振った。

「それだけ大切な時間だったんだろ? 俺が美奈ちゃんに怒られるだけだから、気にしないで」

「ほ、本当に申し訳ありません!」

 シャーロットは深々と頭を下げた。この人の優しさが、胸に染みる。

「で、早速なんだけど……」

 誠の表情が、急に真剣なものに変わった。

「キミへのミッションについて説明するよ」

 虚空に手を滑らせると、巨大なホログラフィックディスプレイが浮かび上がる。

 そこに映し出されたのは――

「これが、テロリスト【アルゴ】だ」

 一人の男の姿。

 にっこりと微笑む、どこにでもいるような素朴な男。

「彼を捕まえることが、キミのミッションになる」

「テロリスト……?」

 シャーロットは息を呑んだ。まさか、そんな深刻な任務を任されるとは。

「アルゴは元々、万界管制局(セントラル)の職員だった」

 誠の声が重くなる。

「優秀なシステムエンジニアでね。でも、ある時を境に地球を管理するシステムをハックし始めたんだ」

 ホログラフィックディスプレイの中で、一面に真っ赤なERROR画面が広がっていく――――。

 当時の破壊されたシステムの映像が次々と映し出されていった。

「多くのシステムを破壊し、汚染させ、混乱を撒き散らして……そして、どこかの地球へと逃げ込んだ」

 画面が切り替わる。

 繁栄していた都市が、突然崩壊する映像。
 平和だった世界が、一夜にして地獄と化す光景。

「しかも奴は、管理者にしか使えないはずのチート能力を使って、好き放題している」

 誠の拳が、ぎゅっと握られた。

「時間を止めて悪さし放題……多くの社会を混乱させ、無数の人々を苦しめてきた」

 シャーロットは言葉を失った。

 神のような力を持ってるのになぜそんな酷いことをするのか理解できなかった。

「さらに最近では、仲間まで増やしている」

 誠は苦い顔で続けた。

「被害は拡大する一方だ」

「捕まえられないんですか?」

「それが……」

 誠は深いため息をついた。

「アルゴのシステムハッキング能力は、想像を絶するレベルでね」

 新たな映像が映し出される。

 万界管制局の精鋭部隊が、何度も何度も捕縛作戦を実行する様子。しかしその度に、巧妙にシステムを欺き、煙のように消えていくアルゴの姿。

「総力を挙げた捜査でも、いつも一歩及ばない。今では【黒曜の幻影(ファントム)】という二つ名まで付いて……第一級の賞金首になっている」

 誠の声に、悔しさが滲む。

 ディスプレイに、新たな地図が浮かび上がった。

 美しい城壁に囲まれた都市。白亜の建物が立ち並び、運河が優雅に流れる、まるで宝石のような街。

「今、奴はこの地球にある王国の首都、ルミナリアにいる」

 誠は地図を拡大しながら説明する。

「ここまでは突き止めたんだが……」

「でも、見つけられない?」

「そう」

 誠は渋い顔で頷いた。

「数十万もいる住民に紛れて、まるで幽霊のように潜んでいる」

「何か特徴はないんですか?」

 シャーロットは身を乗り出した。

「見た目とか、癖とか……」

「それが全く分からない」

 誠は首を振る。

「奴は【黒曜の幻影(ファントム)】と呼ばれるだけあって、変幻自在。年齢も性別も全く分からない」

 ディスプレイに、ルミナリアの住民データが流れていく。

 老若男女、様々な顔が高速でスクロールされる。

「住民のデータを全員洗っても、怪しい者は一人もいない。でも――」

 誠は拳でディスプレイを叩いた。

「ルミナリアからシステムをハックしていることだけは確かなんだ」

「うーん……」

 シャーロットは眉を寄せた。

「何とも雲をつかむような話ですねぇ……」

 相手は元システム管理者。
 自分はド素人。
 どうやって役に立てるだろうか?
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