それも、初恋。。

介助実習の振り分け

 今朝から私の担当になったおばあちゃん、桜井香苗さんがにっこり湯飲みを差し出していた。
 やばっ!

「はいっ! 今すぐに!」
 元気よく返事をして、速やかに湯飲みを受け取り、ポットのほうじ茶を注ぐ。

 ちょうど昨日「お茶って言ってるでしょーが! ほんっとに今の子はトロいんだから」と他の女子がお茶出しで怒られてるところを目撃したばかりだった。

 その子は、ほんのちょっとお茶を出すのが遅かっただけで「だいたい最近の子は挨拶がないのよ、返事が小さいのよ、頼んでもすぐやらないし」と、最近の子代表にされて、担当おばあちゃんからグチグチ説教されていた。
 マジでここの高齢者は、いつどこで爆発するかわからない。気をつけないと。

(ん? 今日はいつもよりお湯の温度が熱い気がする)

 湯呑を持って、首を傾げる。
 これは加水すべきか、否か。究極の選択だ。
 加水して「お茶が薄い」と怒られるパターンと、加水せずに「熱すぎる」と怒られるパターンが瞬時に浮かぶ。
 更に、悩んでいるうちに「出すのが遅い」と怒られるパターンも付け足されて……。

(知らん!)
 味が薄くならないギリギリを目指して加水。

「お待たせしました!」
「ふふ、元気がいいのね。ありがとう」

 桜井さんは、こく、こく、と私から受け取った湯飲みのお茶をお上品に飲んで「良いお湯加減ね」と、にっこりした。

(素敵なおばあちゃんだなぁ)と驚いた。

 雰囲気がいい。
 華奢だけど背筋もしゃんと伸びていて、服装も小ぎれいだし、化粧もほんのりと肌に馴染む程度にしていて、とっても似合っていた。
 なんというか、芸能界にいる、おばあちゃんなのにどこか色香の漂う大女優みたいな、そんな感じの、上品な感じの人だ。

(いかん、いかん)
 とはいえ一見いい人そうでも、気を抜けないのが寿老人ホーム。

 高校生たちを取りまとめているケアマネの佐藤さんは、ぱっと見面倒見良さそうな(つまり見た目が地味めな)高校生から順に、厄介な高齢者の担当を任せていくふしがある。

 もちろん私はがっつり面倒見良さそうチーム。

 あそこできゃいきゃい橘にじゃれついているヤンキー系女子集団は、高齢者の担当ではなく、その他雑務の担当だった。
 つまりは、いてもいなくてもなんとかなる業務を任されている。
 だからずーっと喋っていてもなんとかなる。

 ちなみにじゃれついたヤンキー系女子をうまい具合にあしらって、再びサザキさんに向き合おうと試みているイケメン橘は、実習開始当初、その他雑務側に組み込まれていた。っが!!


(おや? この子はヤンキー系女子と仲いいけれども、実はいい子かもしれないぞ)

 と、どうやら佐藤さんにバレて、現在、面倒見良さそうチームに加わっている。ようこそ橘。

 と、いうわけで、この一見素敵な桜井さんも、私の担当ということは、隠れ厄介高齢者の可能性大なのだった。

 先週まで担当だった鈴木さんも、見た目まるっとしていて優しいおばあちゃんに見えたのに、開口一番

「あんた若いのにカツラかね? 可哀想に」

 と、私の地雷を大いに踏んでくれた。
 だから私は彼女の薄い髪の毛を毟り取ってやったのだった。心の中で。
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