それも、初恋。。

黒いきゅっぽんの日

 サクライさんと挨拶以上の言葉を交わしたのは、「あ、ちょっとあんた、これで施設中のトイレの詰まりを解消させてちょうだい。最近どこもここもすーぐ詰まっちゃうから困ってるのよ。ほら、これでぎゅってやって。ぎゅって力込めてやんのよー。サボったらダメよー」と、おばちゃんスタッフに黒いきゅっぽんを押し付けられた金曜日の帰り際だった。

「あのおばちゃん、いつもいきなりなんだよなー」
 目についた人間に、思い付きで仕事させてる感じがする。
 まあ、そうでもしないと立ち行かないのが介護現場なのかもしれないけど。

「言い方がなぁ~」
 独りつぶやきながら、多目的トイレをきゅぽっとやってたら 

「マジぃ~ですかぁ~!?」
 ありえねぇイントネーションで叫ぶ泉の声がした。

「ポメ、元気だなぁ」と、トイレから顔を出す。

 ぬっ、と、俺を見た泉が言う。

「出たな、ひょっこりイケメン」
「あ、サクライさん、こんちは」
 泉はサクライさんを車いすに乗せて、どこかに行く途中のようだった。

「あら、こんにちわ」
 日本古来の花っぽく微笑むサクライさん。こういうの、なんていうんだっけかな。と思う。
 何とか美人? 立てばシャクヤク?

 泉はといえば、俺ときゅっぽんを交互に眺めて、何故か感心したように頷いていた。


「たっちばなー、きゅっぽんから、良くない水が垂れてるよぉ~」
 近くの階段の上から「橘、汚な~」とギャル集団の笑う声が下りてくる。
 パッと下を見たら、確かにきゅっぽんを伝って廊下に良くない水が垂れていた。

「うわ、やっべ」
 慌ててトイレに引っ込んで、きゅっぽんをきゅっぽんおきに置いて、代わりに雑巾を持って廊下に出たら、泉たちは既に廊下の奥まで進んでいた。
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