あの日 カサブランカで

「ご一緒しても構わないんですか?」

 朝から村木野と一日中一緒にいた麻美は、夕食をどうするかと訊ねられて躊躇(ためら)うことなくそう応えた。

「疲れてませんか?」

「はい、いろいろ歩けて楽しかったです」

 混雑する庭園美術館のレストランで遅いランチをしてからふたりは白金台を抜けて高輪まで歩いたのだった。

 休日で人も車もとても少なかったが、普通に歩いても30分ほどかかる道のりを、遠回りと寄り道をしながら2時間近くかけてのんびりと歩いてきたので、時計は夕方になっていた。

「歩くのはお好きですか?」

「好きですよ。当てなく歩くのが楽しいかな」

「昔、フェズでもいっぱい歩きましたものね」

「あのときもすごく歩きましたね。歩くしかなかったしね」

 人がすれ違えないような細く暗い路地をガイドに連れられて歩き回ったことが、ついこの間のことのように思い出されてふたりは顔を見合わせて微笑んだ。

「神楽坂を歩いていて思い出しました」

「ぼく、子供のころから路地が大好きなんです」

「怖くないですか?」

「いやいや、宝探ししているみたいで楽しいですよ」

 麻美の感想を否定した彼の顔は少年のように輝いていた。

「今度、谷中(やなか)あたりを歩いてみませんか?」

「はい、ぜひ連れて行ってください」

 谷中界隈は麻美もよく歩いた場所だったが、彼とならどこでもよかった。

 一緒に過ごせる次の約束ができただけでうれしかった。




「クリスマスは予定があるのですか?」

 高輪のホテルで食事のあと、外に広がる庭園を歩きながら村木野が麻美に訊ねた。

 大学が休みになるので、浜松の実家にいつ帰ろうかと思っていただけの彼女だったが、それを聞いた村木野は一瞬躊躇(ためら)うような表情を見せてから麻美の眼を見て口を開いた。

「それじゃあ、週末に湯河原(ゆがわら)へ行きませんか?」

「え? 湯河原ですか?」

「昔うちの部で設計したホテルがあって、眺めがいいから連れて行きたいなと思って」

「それはぜひ拝見したいです」

 麻美の大きく開いた嬉しそうな瞳に映った庭を照らす街灯の光が輝いた。

「泊まれますか? 無理なら日帰りでも」

 遠慮がちに村木野が訊ねる。

「泊まれるのですか?」

「もちろん、あなたさえよければ」

 麻美に断るべき理由は何もなかった。

< 26 / 31 >

この作品をシェア

pagetop