だから愛は嫌だ~虐げられた令嬢が訳あり英雄王子と偽装婚約して幸せになるまで~
32 今さらな愛
(ロバート様に、思っていたことを言えたわ……)
ディアナは、自分を褒めてあげたい気持ちでいっぱいになった。
(でもきっと、言えたのはライオネル殿下がそばにいてくれたおかげね)
もし、ディアナがたった一人でロバートに立ち向かっていたら、激しく怒鳴られたり、暴力を振るわれたりしていたかもしれない。
ライオネルは、床に崩れ落ちたままになっているロバートに冷たい視線を向けている。
「ロバート卿には、国境の警備を担当してもらおう。俺の許可がない限り、王都に戻ることは許さない」
顔を上げたロバートは、「そんな」と呟いた。
「残党兵との小競り合いはあるが、砦内は優秀な兵達ばかりだ。よほどバカなことをしない限り、死ぬことはないだろう。まぁ傷くらいはできるかもな」
「わ、私は、騎士ではなくコールマン侯爵家の跡継ぎで……」
「では、おまえが王族の婚約者に乱暴を働き、俺を貶めたとして王族侮辱罪で罰してやろうか? もちろん、コールマン侯爵にも責任をとってもらうぞ」
その場合、コールマン侯爵家全体の名声が地に落ちる。
(これは、ロバート様個人で罪を償うか、家門全体で償うか、ということね)
放心状態のロバートの周りを、ボロボロの蝶が飛んでいる。
――どうしたら……。
雑音に紛れているが、確かにそう聞こえた。その蝶の言葉を繰り返すように、ロバートが呟く。
「これから、私は、どうしたらいいんだ?」
それはライオネルやディアナに語り掛けているのではなく、まるで独り言のようだ。
「ディアナと婚約してから、父とうまくいくようになっていたのに……」
「コールマン侯爵様と?」
ディアナはコールマン侯爵に、数回しか会ったことがなかった。それでも、高圧的な態度と冷たい視線をよく覚えている。
ロバートは、ディアナにすがるような視線を向けた。
「……父は私の意見など聞きもしない。父と話した後、いつもすごくディアナに会いたくなる。君になら何を言っても許されるし、我慢する必要もない。だから、私にはどうしても君が必要なのに……」
この言葉でディアナは、自分がどうしてあれほどぞんざいに扱われていたのかやっと理解できたような気がした。
(コールマン侯爵とロバート様の関係は、ロバート様と私のような関係なのね)
これまでのディアナがロバートの顔色を窺ってきたのと同じように、ロバートはコールマン侯爵の顔色を常に窺って過ごしてきたのだろう。
「ロバート様。気がついていないと思いますが、あなたは今、こう言っているのですよ」
――私は父に逆らえない。そのことに、精神的負担を感じている。しかし、その負担は、ディアナにすべてぶつけることで発散している。だから、君はこれからもずっと、私の悪感情を捨てるゴミ箱であり続けてくれ。
ロバートの瞳が、大きく見開かれた。 ディアナは、目の前の哀れな人に語り掛ける。
「私に感情をぶつけても、何も解決しません。自分が本当はどうしたいのか考えるために、一度コールマン侯爵のもとを離れてみてはどうですか?」
小さく「あっ」と呟いたロバートから、蝶の声がはっきりと聞こえた。
――離れたい。
ロバートは片膝をつくと頭を深く下げた。
「第二王子殿下の命に従い、国境警備に当たります。殿下と殿下の婚約者様には、大変申し訳ございませんでした。殿下のご恩情に感謝いたします」
顔を上げたロバートは、ライオネルではなくディアナを見つめた。
ロバートは何も言わなかったが、彼の蝶は確かに『愛している』と囁いた。ただし、舞い散る花びらは、真っ黒ではなく黄色だ。
(帰ったら黄色のバラの花言葉を調べないと……。でも、きっと黒よりはマシな意味よね)
ライオネルに優しくエスコートされながら、ディアナはバルコニーから立ち去った。
そのとき、一度だけ振り返ってロバートを見たが、なんの感情も湧かなかった。ただ、もうこの人とは二度と会うことがないのだろう。そう思った。
ディアナは、自分を褒めてあげたい気持ちでいっぱいになった。
(でもきっと、言えたのはライオネル殿下がそばにいてくれたおかげね)
もし、ディアナがたった一人でロバートに立ち向かっていたら、激しく怒鳴られたり、暴力を振るわれたりしていたかもしれない。
ライオネルは、床に崩れ落ちたままになっているロバートに冷たい視線を向けている。
「ロバート卿には、国境の警備を担当してもらおう。俺の許可がない限り、王都に戻ることは許さない」
顔を上げたロバートは、「そんな」と呟いた。
「残党兵との小競り合いはあるが、砦内は優秀な兵達ばかりだ。よほどバカなことをしない限り、死ぬことはないだろう。まぁ傷くらいはできるかもな」
「わ、私は、騎士ではなくコールマン侯爵家の跡継ぎで……」
「では、おまえが王族の婚約者に乱暴を働き、俺を貶めたとして王族侮辱罪で罰してやろうか? もちろん、コールマン侯爵にも責任をとってもらうぞ」
その場合、コールマン侯爵家全体の名声が地に落ちる。
(これは、ロバート様個人で罪を償うか、家門全体で償うか、ということね)
放心状態のロバートの周りを、ボロボロの蝶が飛んでいる。
――どうしたら……。
雑音に紛れているが、確かにそう聞こえた。その蝶の言葉を繰り返すように、ロバートが呟く。
「これから、私は、どうしたらいいんだ?」
それはライオネルやディアナに語り掛けているのではなく、まるで独り言のようだ。
「ディアナと婚約してから、父とうまくいくようになっていたのに……」
「コールマン侯爵様と?」
ディアナはコールマン侯爵に、数回しか会ったことがなかった。それでも、高圧的な態度と冷たい視線をよく覚えている。
ロバートは、ディアナにすがるような視線を向けた。
「……父は私の意見など聞きもしない。父と話した後、いつもすごくディアナに会いたくなる。君になら何を言っても許されるし、我慢する必要もない。だから、私にはどうしても君が必要なのに……」
この言葉でディアナは、自分がどうしてあれほどぞんざいに扱われていたのかやっと理解できたような気がした。
(コールマン侯爵とロバート様の関係は、ロバート様と私のような関係なのね)
これまでのディアナがロバートの顔色を窺ってきたのと同じように、ロバートはコールマン侯爵の顔色を常に窺って過ごしてきたのだろう。
「ロバート様。気がついていないと思いますが、あなたは今、こう言っているのですよ」
――私は父に逆らえない。そのことに、精神的負担を感じている。しかし、その負担は、ディアナにすべてぶつけることで発散している。だから、君はこれからもずっと、私の悪感情を捨てるゴミ箱であり続けてくれ。
ロバートの瞳が、大きく見開かれた。 ディアナは、目の前の哀れな人に語り掛ける。
「私に感情をぶつけても、何も解決しません。自分が本当はどうしたいのか考えるために、一度コールマン侯爵のもとを離れてみてはどうですか?」
小さく「あっ」と呟いたロバートから、蝶の声がはっきりと聞こえた。
――離れたい。
ロバートは片膝をつくと頭を深く下げた。
「第二王子殿下の命に従い、国境警備に当たります。殿下と殿下の婚約者様には、大変申し訳ございませんでした。殿下のご恩情に感謝いたします」
顔を上げたロバートは、ライオネルではなくディアナを見つめた。
ロバートは何も言わなかったが、彼の蝶は確かに『愛している』と囁いた。ただし、舞い散る花びらは、真っ黒ではなく黄色だ。
(帰ったら黄色のバラの花言葉を調べないと……。でも、きっと黒よりはマシな意味よね)
ライオネルに優しくエスコートされながら、ディアナはバルコニーから立ち去った。
そのとき、一度だけ振り返ってロバートを見たが、なんの感情も湧かなかった。ただ、もうこの人とは二度と会うことがないのだろう。そう思った。